20.06.20 update

日本人が日本人でなくなる日……

遊びをせんとや生まれけむ 第4回  2010年4月1日号より

2011年5月16日逝去。享年77。学習院大卒、東宝映画から俳優としてスタートし、多くの映画・ドラマに出演。その知性的な風貌とともに、無類の読書家としても知られ著書も多数。雑誌¿Como le va?の創刊号から絶筆となる7号まで健筆をふるってくれた。昭和を生きた人として常に世を憂い警鐘を鳴らしていた。

 

文化のアメリカ化を象徴する
超大型安売店の大量出現

 イギリスの独自の気候が変ってしまったら、イギリスはイギリスでなくなり、生まれてくる子どもたちは全部外国人になってしまう。とは、一八五八年のイギリスのコミック年鑑にあった言葉だが、笑った瞬間に鋭く僕の胸を突くものがあった。

 一九四五年の敗戦を期に日本の空模様がガラリと変り、アメリカ型の文化の気候が国中を覇(おお)うこととなった。従って日本の独自の文化が次第次第にアメリカ化していったことは今更書くまでもないことだが、六十四年の時を経て、最近とくにその傾向が極まったことを感じるのは、超大型安売店の大量出現だ。地方などへ出かけると、道路沿いに突如現われるアメリカのモールを思わせる巨大マーケット街に驚かされることが多い。商店街がシャッター街に変わってしまう原因でもあるが、こうした巨大マーケットを見るたびに、これが果たして日本という国に合っているものか?と首を傾(かし)げてしまうのは僕だけであろうか。

 時恰(ときあたか)も、安さ爆発カメラの、をキャッチ・コピーに一時代を築いた大型安売店が、この春に看板を下すこととなった。安売りの元祖ともいえる店が閉店へと至った道は、なにやら日本の行く末を暗示しているように思えてならない。

 

日本人の智恵が生きていた
かつての日本の商い

 

 大量に物を売る、だから値段が安くなる。この所謂アメリカ方式が、言葉を替えればアメリカ型気候が日本の風土に馴染めないと考えるからだ。安いところへ消費者は殺到するため、売る側の安売り競争はどんどん激化していく。必然的に利益が削られるために生き残りをかけて出店数を増やすこととなる。しかしマルチ商法の限界のように拡大し続けることに限りがある。行きつく先は悲惨な結果となる。つまり待っているのは地獄なのだ。

 安売りはデフレを加速し、人心をも荒廃させる。適正の儲けがあってこそ、巡り(めぐ)り巡(めぐ)って自分の懐もうるおうことにつながることを知るべきだ。

 かつての日本には問屋制度を含め日本人の智恵が商いに生きていた。安売りが突っ走る社会は荒(すさ)み、人心からうるおいが消える。ゆとりを失った人間から遊び心は生まれない。なんとも味気無い殺伐とした社会、誰もがやがて日本人でなくなる日が、もう、そこに近づいている。日本固有の気候を取り戻さなければ……。

こだま きよし
俳優(1934~2011) 東京都生まれ。58年学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。同年6月、東宝映画と俳優専属契約を結ぶ。67年にフリーとなる。映画『別れて生きるときも』『戦場に流れる歌』『HERO』など、テレドラマ「ありがとう」「花は花よめ」「肝っ玉かあさん」「白い巨塔」「黄金の日々」「沿線地図」「獅子の時代」「想い出づくり」「親と子の誤算」「山河燃ゆ」「武田信玄」「HERO」「美女か野獣か」「ファイト」「トップキャスター」「こんにちは、母さん」「鹿男あをによし」など多数の出演作がある。ドラマ以外でもテレビ「パネルクイズアタック25」「週刊ブックレビュー」、「びっくり法律旅行社」、ラジオ「テレフォン人生相談」など。著書に『寝ても覚めても本の虫』『負けるのは美しく』『児玉清の「あの作家に会いたい」一人と作品をめぐる25の対話』などがある。

2010年4月1日 Vol.4より
映画は死なず

新着記事

  • 2024.10.30
    第4回 森繁久彌(後編)☆ 小津安二郎への反抗

    文=高田雅彦

  • 2024.10.30
    ミニシアターブームを代表する名作『バグダッド・カフ...

    11月29日(金)試写会

  • 2024.10.29
    世界遺産「パリ・ノートルダム大聖堂」の一般公開が1...

    文化財保護を訴求する世界巡回展が日本科学未来館で開催

  • 2024.10.29
    映画『十一人の賊軍』―名もなき罪人たちはなぜ命を賭...

    山田孝之 仲野大賀ダブル主演、監督:白石和彌

  • 2024.10.28
    あぁ!二宮金次郎

    学校を追われたのか…

  • 2024.10.25
    メトロポリタン・オペラの最新ステージを映画館で。《...

    21館の映画館でメトロポリタン・オペラの最新ステージを。

  • 2024.10.25
    国宝《金沢本万葉集》や、東京大正博覧会で出品以来1...

    三の丸尚蔵館の秋の展覧会は、「公家の書と皇室の美術振興」

  • 2024.10.24
    2025年4月で閉館する俳優座劇場での劇団俳優座最...

    女優・岩崎加根子がシェイクスピアの『リア王』を92歳で演じる

  • 2024.10.24
    奥山由之監督の想いに共感した広瀬すず、仲野大賀、神...

    オムニバス長編映画『アット・ザ・ベンチ』SNSで上映館も拡大

  • 2024.10.24
    屈指の高級住宅街「成城」の歩み100年がわかる世田...

    日本屈指の高級住宅街「成城」の100年を世田谷区立郷土資料館で。

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!