遊びをせんとや生まれけむ 第6回 2010年10月1日号より
2011年5月16日逝去。享年77。学習院大卒、東宝映画から俳優としてスタートし、多くの映画・ドラマに出演。その知性的な風貌とともに、無類の読書家としても知られ著書も多数。雑誌¿Como le va?の創刊号から絶筆となる7号まで健筆をふるってくれた。昭和を生きた人として常に世を憂い警鐘を鳴らしていた。
高学歴者必ずしも
インテリにあらず
少しばかり前のことになるが、書き物をしながら自室のテレビから聞こえる言葉を何とはなしに耳にしていたのだが、俄かに信じられない思いで立ち上がってテレビの前に行き画面に注目した。なぜ注目したか、といえば、インテリ美女アナウンサー軍団の一人が、世界遺産を答える場面で立ち往生していたからだ。
番組名はもうすでにおわかりの方も多いと思うが、近ごろ流行りの知識を競い合う民放のクイズ番組の一つで、インテリ何々軍団と称するチーム同士の対向戦。僕が注目したのは、その中の一つのゲームで、自分の軍団から説明者を一人選び出し、その人の説明力でいかに早くそして多くの解答を味方のチームの人間から導き出せるかが腕の見どころ、という勝負。そして今回のテーマは世界遺産であったのだ。
立ち往生してる解答者は、一流大学の美女インテリアナウンサー。答である日本の世界遺産の一つ「石見銀山」がどうしても出てこないのだ。説明者が、次々と適切なヒントを口(くち)にしても答が出ない。金ではない鉱山で、最近認定された日本の世界遺産とまで言っても、エッ、エッ?を連発するばかりなのだ。僕が立ち上がってテレビに近寄って剋目したのはこのときだ。一流大学出のインテリ女性が石見銀山を知らないのか?しかもアナウンサーだというのに……。なにやら心がザラッとしたからだ。
勉強が出来ても物事を知らない、という教育のありよう
ところがさらなる衝撃がこの先待っていた。答が出ないとあきらめた説明者が、次なる設問に移ったときだった。求める答は「ポンペイ遺跡」なのだが、イタリア、ぺスビアス火山、大噴火、一瞬にして火山灰で埋もれた街などなど、ギリギリのところまでヒントを出すのだが、女性アナウンサーの口から「ポンペイ」という言葉が最後まで出てこないまま、ついにタイムアップでゲームは終了となった。
彼女を非難する気もなければ、もちろんこのことをあげつらう気も毛頭ないが、一流大学出身の所謂インテリ女性が、石見銀山もポンペイの遺跡もまったく知らないということに僕は愕然とした。緊張したためとか、頭が真っ白になったためでなく、テンから知らないことなのだとわかったからだ。と同時に、この国の危うさといったものをドシンと感じたのは果たして僕だけであろうか。
勉強は出来ても物事を知らない。決して偉(えら)そうな言い方でなく、最近つくづく痛感させられることだ。勉強は出来なくても物事を知ってもらいたい、と願う人間として実に憂うべき今の日本の実情がここにある。世界の十五歳の少年少女を対象にしたOECD(経済協力開発機構)の調査で、このところの日本の学力低下は著しいものがあるが、一番気になるのは、趣味で本を読む国の、日本は最下位であるという事実だ。趣味で本を読まない国に未来はない。遊び心のない国に未来はないように……。
こだま きよし
俳優(1934~2011) 東京都生まれ。58年学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。同年6月、東宝映画と俳優専属契約を結ぶ。67年にフリーとなる。映画『別れて生きるときも』『戦場に流れる歌』『HERO』など、テレドラマ「ありがとう」「花は花よめ」「肝っ玉かあさん」「白い巨塔」「黄金の日々」「沿線地図」「獅子の時代」「想い出づくり」「親と子の誤算」「山河燃ゆ」「武田信玄」「HERO」「美女か野獣か」「ファイト」「トップキャスター」「こんにちは、母さん」「鹿男あをによし」など多数の出演作がある。ドラマ以外でもテレビ「パネルクイズアタック25」「週刊ブックレビュー」、「びっくり法律旅行社」、ラジオ「テレフォン人生相談」など。著書に『寝ても覚めても本の虫』『負けるのは美しく』『児玉清の「あの作家に会いたい」一人と作品をめぐる25の対話』などがある。