20.06.20 update

読書という趣味を 持たなくなった日本人

遊びをせんとや生まれけむ 第6回  2010年10月1日号より

2011年5月16日逝去。享年77。学習院大卒、東宝映画から俳優としてスタートし、多くの映画・ドラマに出演。その知性的な風貌とともに、無類の読書家としても知られ著書も多数。雑誌¿Como le va?の創刊号から絶筆となる7号まで健筆をふるってくれた。昭和を生きた人として常に世を憂い警鐘を鳴らしていた。

 

 高学歴者必ずしも
インテリにあらず

少しばかり前のことになるが、書き物をしながら自室のテレビから聞こえる言葉を何とはなしに耳にしていたのだが、俄かに信じられない思いで立ち上がってテレビの前に行き画面に注目した。なぜ注目したか、といえば、インテリ美女アナウンサー軍団の一人が、世界遺産を答える場面で立ち往生していたからだ。

番組名はもうすでにおわかりの方も多いと思うが、近ごろ流行りの知識を競い合う民放のクイズ番組の一つで、インテリ何々軍団と称するチーム同士の対向戦。僕が注目したのは、その中の一つのゲームで、自分の軍団から説明者を一人選び出し、その人の説明力でいかに早くそして多くの解答を味方のチームの人間から導き出せるかが腕の見どころ、という勝負。そして今回のテーマは世界遺産であったのだ。

立ち往生してる解答者は、一流大学の美女インテリアナウンサー。答である日本の世界遺産の一つ「石見銀山」がどうしても出てこないのだ。説明者が、次々と適切なヒントを口(くち)にしても答が出ない。金ではない鉱山で、最近認定された日本の世界遺産とまで言っても、エッ、エッ?を連発するばかりなのだ。僕が立ち上がってテレビに近寄って剋目したのはこのときだ。一流大学出のインテリ女性が石見銀山を知らないのか?しかもアナウンサーだというのに……。なにやら心がザラッとしたからだ。

勉強が出来ても物事を知らない、という教育のありよう

ところがさらなる衝撃がこの先待っていた。答が出ないとあきらめた説明者が、次なる設問に移ったときだった。求める答は「ポンペイ遺跡」なのだが、イタリア、ぺスビアス火山、大噴火、一瞬にして火山灰で埋もれた街などなど、ギリギリのところまでヒントを出すのだが、女性アナウンサーの口から「ポンペイ」という言葉が最後まで出てこないまま、ついにタイムアップでゲームは終了となった。

彼女を非難する気もなければ、もちろんこのことをあげつらう気も毛頭ないが、一流大学出身の所謂インテリ女性が、石見銀山もポンペイの遺跡もまったく知らないということに僕は愕然とした。緊張したためとか、頭が真っ白になったためでなく、テンから知らないことなのだとわかったからだ。と同時に、この国の危うさといったものをドシンと感じたのは果たして僕だけであろうか。

勉強は出来ても物事を知らない。決して偉(えら)そうな言い方でなく、最近つくづく痛感させられることだ。勉強は出来なくても物事を知ってもらいたい、と願う人間として実に憂うべき今の日本の実情がここにある。世界の十五歳の少年少女を対象にしたOECD(経済協力開発機構)の調査で、このところの日本の学力低下は著しいものがあるが、一番気になるのは、趣味で本を読む国の、日本は最下位であるという事実だ。趣味で本を読まない国に未来はない。遊び心のない国に未来はないように……。

 

こだま きよし
俳優(1934~2011) 東京都生まれ。58年学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。同年6月、東宝映画と俳優専属契約を結ぶ。67年にフリーとなる。映画『別れて生きるときも』『戦場に流れる歌』『HERO』など、テレドラマ「ありがとう」「花は花よめ」「肝っ玉かあさん」「白い巨塔」「黄金の日々」「沿線地図」「獅子の時代」「想い出づくり」「親と子の誤算」「山河燃ゆ」「武田信玄」「HERO」「美女か野獣か」「ファイト」「トップキャスター」「こんにちは、母さん」「鹿男あをによし」など多数の出演作がある。ドラマ以外でもテレビ「パネルクイズアタック25」「週刊ブックレビュー」、「びっくり法律旅行社」、ラジオ「テレフォン人生相談」など。著書に『寝ても覚めても本の虫』『負けるのは美しく』『児玉清の「あの作家に会いたい」一人と作品をめぐる25の対話』などがある。

2010年10月1日 Vol.6より
映画は死なず

新着記事

  • 2024.04.23
    窓枠は世界を広げてくれる

    木々の変化、風景の変化が面白い

  • 2024.04.19
    ゴールデンウイークのお出かけに!麻布台ヒルズギャラ...

    4月27日(土)~5月23日(木)

  • 2024.04.19
    箱根の宿には「おかみ」の行き届いたホスピタリティが...

    杉山留里(箱根おかみの会 会長、「和心亭豊月」女将)

  • 2024.04.19
    国の「重要文化的景観」に選定された<葛飾柴又>の知...

    京成電車下町さんぽ<1>

  • 2024.04.18
    トヨタのマークⅡでドライブしながら何度も聴いた、稲...

    「ハコバン」から28歳でデビュー

  • 2024.04.18
    韓国アイドルグループ「2AM」のジヌンもバスケット...

    4月26日(金)全国公開

  • 2024.04.17
    渡り鳥のように、4箇所をぐるぐる ─萩原 朔美 ...

    第12回 キジュからの現場報告

  • 2024.04.17
    利発で、正義感が強く、潔癖で、ちょっぴり生意気で、...

    昭和30年後半の大映映画の青春スター

  • 2024.04.11
    相模原出身のロックバンド (Alexandros ...

    相模大野駅の列車接近メロディ

  • 2024.04.11
    下町の太陽、庶民派女優といわれながら都会の大人の女...

    150万枚のミリオンセラーを記録

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!