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荒凡婦の暮らしを理想に

私の生前整理 2010年1月25日号より


文=冨士眞奈美
(女優)


友人の思い切りのいい暮らし

「コモ・レ・バ?」とは、御機嫌いかが?というスペイン語だそうだが、私には、スペインはマドリッドで日本料理店を経営して三十有余年の友人がいる。

 ただいま日本に帰国中。先日も電話で話したが、お昼を回ったばかりというのにもうイッパイ機嫌である。

「あら、御機嫌ね?」

 と少し呆れて言うと、

「当たり前じゃないか。午前中、庭の手入れもして家の中を掃除して、シャワーを浴びたら生ハムやアンチョビをつまみにワインだろ。気分壮快さ」

 彼はすでに七十半ばである。自分のことは自分でやるのが一番。手っ取り早く気のすむまで片付けものをする。

 二十歳前に結婚した妻は二年前に亡くなったが、二人の子供には孫が三人。なんとそのうちの一人にはすでに子供がいる。つまりヒイおじいさんでもあるのだ。

 マドリッドの店は息子、新宿の老舗の酒場は娘に、と跡目分担もキチンとしているらしく、本人は世田谷の白い瀟洒な家で好き勝手にやっている。新年会に招かれたりすると、その思い切りのいい暮らしぶりに溜息がでる。いつもピカピカだ。

 私も、狭いながら人生の総決算の家に悠々自適、というか、気ままな一人暮らしである。だが、なかなか小ざっぱりと小綺麗には暮らせない。人様から戴いた本や小物など、気持ちが籠っているものは処分できない性分で、部屋の四隅に積りに積もっている。一階は衣裳と靴と本で、二階は本と鞄で、三階はやはり衣裳と本で、もう満杯である。

愛娘への伝言

 近所に、物書きでロックを歌っている娘がいる。野良出身の茶トラ猫と可愛いい小型犬のチワワと、仲良く暮らしているが、まだ独り身である。アラフォー的にいえば、アラサーで、長いこと異性の影もない。清潔好きな上、整理能力に秀れているので、私の雑然とした部屋が気に入らないらしく、たまにやって来ると文句ばかりである。

「私はもう心配でたまらないわ。あなたがちょっと遠くの仕事に出かけたりすると、もし事故にでも遭ったら、私はこの家をどう片付けたらいいのか……、考え出すと不安で心配で」

 などと言う。不吉な心配をされても仕方がない、と私は思う。新築の頃は、この家へ友人を招いて句会をしたり、誕生会をしたり、と賑やかだったのに、いまは写真の仕事やインタビューなど、娘の部屋を拝借している。

 俳人の金子兜太先生が仰る「荒凡夫(婦)(あらぼんぷ)」の暮らしが私の理想である。限りなく自由で平凡な暮らし。しかしこころはいつでも彷徨(さすら)っている。一所在住。屹立してそんなふうに生きていたい。

「まあね、私は自分の身ひとつはちゃんと始末しますから、あとはあなたの好きにして頂戴。誠実なイイ男をみつけてね」

 捨てゼリフを吐きながら、やっぱりソロソロモロモロ、整理整頓しなくては、と思う。

ふじ まなみ

女優。静岡県出身。NHK専属女優として連続ドラマ「この瞳」で主役デビュー。俳優座付属養成所卒業。代表作に映画『切られ与三郎』(伊藤大輔監督)『小林多喜二』(今井正監督)、テレビドラマ「細うで繁盛記」「ハゲタカ」「つばさ」など多数。著書に『ろくでなし』(文春文庫)、『身ひとつの今が倖せ』(光文社)、『わたしはだれ?』(岸田今日子、吉行和子共著 光文社)他。近著に句集『瀧の裏』(深夜叢書社)、随筆集『てのひらに落花』(木阿弥書店)がある。

2010年1月25日 Vol.3より
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