箱根彩彩 2017年4月1日号より
文=山口由美
箱根は独自の水源を持つ〝水の里〟
箱根で生まれ育った私が、東京に出て一番嫌だったのは、水が美味しくないことだった。
当時は、まだ今のように、当たり前にペットボトルの水を飲む時代ではなく、水道水の味に私は辟易としたのである。
ことさらにそう感じた理由は、私が大平台の出身だったからかもしれない。
大平台は、箱根の中でも、昔から水がよいことで知られている。それを物語るのが「姫の水」である。
豊臣秀吉が小田原攻めのため、箱根山に陣を築いた時、姫君の化粧水として使われたと伝承される湧き水。今も民家の庭先にこんこんと湧き出ている。
私が幼い頃から飲んでいた大平台の水道水は、姫の水ではないが、大平台地区の独自水源による山の水である。
そのことを改めて知ったのは、東日本大震災の時だった。原発事故の影響で、人々が水道水に不安を感じ、パニックになったあの頃、ふと気になって調べてみた。すると、箱根の水道で、浄水場を水源とするのは一部の地域であり、大平台をはじめとした多くの地区は、独自の水源を持つことがわかった。箱根は、水の里なのだ。豆腐や湯葉が名物なのも、ひとえに水の良さゆえである。
アーユルヴェーダと大平台温泉の相乗効果
大平台の水は、飲んで美味しいだけではない。化粧水に選ばれたのだから、美肌の水でもある。さらに大平台は、温泉も弱アルカリ食塩水の美肌の湯だ。
大平台温泉は、戦後の開発で、有名旅館もないことから知名度は低いが、 保湿効果が高くて美肌効果のある泉質である。自宅にこの温泉が引かれていたので、水と同じく幼い頃から親しんでいたが、その効能に改めて気づいた のは、2015 年5月、自宅を改装 して「スパ アット ヤマグチハウス」 という日帰りスパを開業してからのことだ。
大平台の高台に立つ白い洋館は、富士屋ホテルの最後の同族社長だった私の祖父が昭和5年に建てたもの。スパ 開業の同年に国の登録有形文化財になった。思い出のつまった家を後世に残すため、私は以前から自身が顧客だったインドの伝統療法、アーユルヴェーダのトリートメントを提供するサロンに運営を依頼してスパを開業したのである。
アーユルヴェーダはオイルトリートメントだが、「スパ アット ヤマグチハウス」で提供する手法では、オイルを肌に浸透させた後、スクラブで乳化し、洗い流す。そのシャワーに温泉を使っているのだ が、サロンの先生が言うには、美肌効果のある温泉なので、本場インドでやるより肌がつるつるになるという。
大平台温泉の効能をこんこんと説かれて、改めて私は、水だけでない温泉の良さにも気づかされたのだった。
大平台には、姫の水と大平台温泉を引いた公共浴場、姫之湯があるくらいで、ほかには、たいした観光名所もない。だが、良質な水と温泉に恵まれたいいところだと思う。
やまぐち ゆみ
1962年箱根町生まれ。旅行作家。『箱根富士屋ホテル物語』『アマン伝説』『一度は泊まりた い粋な宿、雅な宿』など著書多数。自宅を改装したスパ アット ヤマグチハウスのオーナーでもある。