信仰の地としての箱根

文=曹洞宗 龍虎山長安寺 第26代住職 鈴木 太源



「長く安らぐ寺」の象徴、五百羅漢

 箱根山は駒ケ岳をはじめとした、霊山でした。今や観光地として人気がありますが、もともと信仰の地だったのです。江戸時代まで大涌谷は〝地獄山〟と呼ばれる信仰の場所でした。しかし、明治天皇の行幸に際し、〝地獄〟は好ましくないだろうと、大涌谷と改称されたのです。姥子で大涌谷の地を守る役目を仰せつかっていたのが1356年に創建された「箱根姥子山長安寺」でした。老朽化や当時の信仰の変化にともない、仙石原の現在の地に「曹洞宗龍虎山長安寺」として開山し、360年余りになります。私は住職として26代目になりますが、名刹といわれるお寺さんに比べれば、長安寺はまだまだ新参者です。

 長安寺というのは、長く安らぐ寺と書きます。長く安心(あんじん)を提供することがわれわれの役目であると考えております。それにはどうしたらいいだろうかと思案し、以前訪れたお寺の五百羅漢様が浮かびました。とても癒されました。喜怒哀楽の表情を浮かべた人間味あふれた仏様のお顔に心が安らいだのです。お釈迦様の弟子たちが仏道修行をして阿羅漢という最高の位を得た500人の方々を集めたものが五百羅漢様です。

微笑ましい羅漢様

 神奈川県にも五百羅漢は何か所かありますが、御堂の中に安置された木造の像が多く、石仏のものはありません。そこで裏山を切り拓いて羅漢様を置く場所を作り始めました。昭和60年(1985年)から石像を一体ずつ心を込めて作り始め、現在260体の石仏が点在している五百羅漢の場となりました。五百体になるまでにはまだまだかかります。お檀家さんだけが上げられたものかと聞かれますが、ご希望があればどなたでもお施主様になることができます。奉納して下さった方はお檀家さんや長安寺にお詣り下さった方など、箱根が大好きだという方々です。

 実は他の場所の多くの羅漢さんのお顔を見てまいりましたが、どうしても同じように見えてしまうのです。一人の仏師(親方)の仕上げで、出来上がっているからと気付き、長安寺は今まで14人の彫刻家の方にお願いして作っていただいております。ですから、それぞれ特徴のあるお姿や表情の羅漢様が誕生したのです。そして、その他多くの方々のお知恵やお手をお借りして、現在の長安寺があります。

開山以来、茅葺だった屋根は昭和45年銅板にふき替えられたがその姿は360年前のまま。四季折々の花が咲き、秋は紅葉が美しい「長安寺」

コロナ禍を生きるわれわれの自覚

 令和2年は新型コロナウイルスの発生によって、歴史的な年になってしまいました。京都清水寺の令和2年の世相を表す漢字は「密」でした。お檀家さんの集まりなどでお話しする時に、「うつってはいけないのではなく、絶対に人にうつしてはいけない」ということです。私たちは社会の一員として生かされているのです。そのことを思えば、コロナウイルスをうつしてはならないという行動基準に気づくはずです。

 若い頃目にした言葉に、「人間には天敵がいないから、神は戦争と疫病で人口調整をしている」とあり、とても衝撃を受けました。確かに人間は勝手なことばかりして地球を痛めつけていると、考えざるをえません。「私たち人間は生かされている」ということに気づき、もっと地球を大事にしなければなりません。地球にとって一番の天敵は人間なのかもしれません。それを自覚して生きる事こそ将来の幸福に繋がると考えます。

 長年箱根に住んでいるものにとっては、「箱根の魅力は」と問われても、もとより生活の場ですから、「どの場所が良いです」などということは言えません。箱根は本当に良いところばかりです。歩いてご自分の好きな場所を探してみてください、としか言いようがありません。


 あるとき、五十代のご婦人が「悲しいことがあったわけではありませんが、山門をくぐった途端から涙がとまらなくて仕方がありません」と玄関先で言われるのです。その方のように、箱根に来て長安寺を訪れた方が、心を癒し、また訪れたくなるような〝場〟にしたいと考えております。もちろん箱根は観光地としての魅力がたくさんありますが、冒頭にお話しましたように信仰の地であることを、訪れる皆さんには、創建以来建ち続けている本堂や五百羅漢様を通じてお伝えしていきたいと思っています。

すずき たいげん 昭和25年長安寺にて出生、駒澤大学創業後、福井県永平寺にて修行。帰郷後、厚木市や小田原市の小学校教諭となるが、昭和54年、父・紹剛(じょうこう)和尚が他界、長安寺第26代住職を継ぐ。

[住]神奈川県足柄下郡箱根町仙石原82 
[℡]0460-84-8187 
[アクセス]箱根湯本駅から箱根登山バスで約23分、「仙石」下車。

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