20.12.27 update

信仰の地としての箱根

鈴木 太源

曹洞宗 龍虎山長安寺 第26代住職 


「長く安らぐ寺」の象徴、五百羅漢

 箱根山は駒ケ岳をはじめとした、霊山でした。今や観光地として人気がありますが、もともと信仰の地だったのです。江戸時代まで大涌谷は〝地獄山〟と呼ばれる信仰の場所でした。しかし、明治天皇の行幸に際し、〝地獄〟は好ましくないだろうと、大涌谷と改称されたのです。姥子で大涌谷の地を守る役目を仰せつかっていたのが1356年に創建された「箱根姥子山長安寺」でした。老朽化や当時の信仰の変化にともない、仙石原の現在の地に「曹洞宗龍虎山長安寺」として開山し、360年余りになります。私は住職として26代目になりますが、名刹といわれるお寺さんに比べれば、長安寺はまだまだ新参者です。

 長安寺というのは、長く安らぐ寺と書きます。長く安心(あんじん)を提供することがわれわれの役目であると考えております。それにはどうしたらいいだろうかと思案し、以前訪れたお寺の五百羅漢様が浮かびました。とても癒されました。喜怒哀楽の表情を浮かべた人間味あふれた仏様のお顔に心が安らいだのです。お釈迦様の弟子たちが仏道修行をして阿羅漢という最高の位を得た500人の方々を集めたものが五百羅漢様です。

微笑ましい羅漢様

 神奈川県にも五百羅漢は何か所かありますが、御堂の中に安置された木造の像が多く、石仏のものはありません。そこで裏山を切り拓いて羅漢様を置く場所を作り始めました。昭和60年(1985年)から石像を一体ずつ心を込めて作り始め、現在260体の石仏が点在している五百羅漢の場となりました。五百体になるまでにはまだまだかかります。お檀家さんだけが上げられたものかと聞かれますが、ご希望があればどなたでもお施主様になることができます。奉納して下さった方はお檀家さんや長安寺にお詣り下さった方など、箱根が大好きだという方々です。

 実は他の場所の多くの羅漢さんのお顔を見てまいりましたが、どうしても同じように見えてしまうのです。一人の仏師(親方)の仕上げで、出来上がっているからと気付き、長安寺は今まで14人の彫刻家の方にお願いして作っていただいております。ですから、それぞれ特徴のあるお姿や表情の羅漢様が誕生したのです。そして、その他多くの方々のお知恵やお手をお借りして、現在の長安寺があります。

開山以来、茅葺だった屋根は昭和45年銅板にふき替えられたがその姿は360年前のまま。四季折々の花が咲き、秋は紅葉が美しい「長安寺」

コロナ禍を生きるわれわれの自覚

 令和2年は新型コロナウイルスの発生によって、歴史的な年になってしまいました。京都清水寺の令和2年の世相を表す漢字は「密」でした。お檀家さんの集まりなどでお話しする時に、「うつってはいけないのではなく、絶対に人にうつしてはいけない」ということです。私たちは社会の一員として生かされているのです。そのことを思えば、コロナウイルスをうつしてはならないという行動基準に気づくはずです。

 若い頃目にした言葉に、「人間には天敵がいないから、神は戦争と疫病で人口調整をしている」とあり、とても衝撃を受けました。確かに人間は勝手なことばかりして地球を痛めつけていると、考えざるをえません。「私たち人間は生かされている」ということに気づき、もっと地球を大事にしなければなりません。地球にとって一番の天敵は人間なのかもしれません。それを自覚して生きる事こそ将来の幸福に繋がると考えます。

 長年箱根に住んでいるものにとっては、「箱根の魅力は」と問われても、もとより生活の場ですから、「どの場所が良いです」などということは言えません。箱根は本当に良いところばかりです。歩いてご自分の好きな場所を探してみてください、としか言いようがありません。


 あるとき、五十代のご婦人が「悲しいことがあったわけではありませんが、山門をくぐった途端から涙がとまらなくて仕方がありません」と玄関先で言われるのです。その方のように、箱根に来て長安寺を訪れた方が、心を癒し、また訪れたくなるような〝場〟にしたいと考えております。もちろん箱根は観光地としての魅力がたくさんありますが、冒頭にお話しましたように信仰の地であることを、訪れる皆さんには、創建以来建ち続けている本堂や五百羅漢様を通じてお伝えしていきたいと思っています。

すずき たいげん 昭和25年長安寺にて出生、駒澤大学創業後、福井県永平寺にて修行。帰郷後、厚木市や小田原市の小学校教諭となるが、昭和54年、父・紹剛(じょうこう)和尚が他界、長安寺第26代住職を継ぐ。

[住]神奈川県足柄下郡箱根町仙石原82 
[℡]0460-84-8187 
[アクセス]箱根湯本駅から箱根登山バスで約23分、「仙石」下車。

こちらの記事もどうぞ
映画は死なず

新着記事

  • 2024.04.23
    窓枠は世界を広げてくれる

    木々の変化、風景の変化が面白い

  • 2024.04.19
    ゴールデンウイークのお出かけに!麻布台ヒルズギャラ...

    4月27日(土)~5月23日(木)

  • 2024.04.19
    箱根の宿には「おかみ」の行き届いたホスピタリティが...

    杉山留里(箱根おかみの会 会長、「和心亭豊月」女将)

  • 2024.04.19
    国の「重要文化的景観」に選定された<葛飾柴又>の知...

    京成電車下町さんぽ<1>

  • 2024.04.18
    トヨタのマークⅡでドライブしながら何度も聴いた、稲...

    「ハコバン」から28歳でデビュー

  • 2024.04.18
    韓国アイドルグループ「2AM」のジヌンもバスケット...

    4月26日(金)全国公開

  • 2024.04.17
    渡り鳥のように、4箇所をぐるぐる ─萩原 朔美 ...

    第12回 キジュからの現場報告

  • 2024.04.17
    利発で、正義感が強く、潔癖で、ちょっぴり生意気で、...

    昭和30年後半の大映映画の青春スター

  • 2024.04.11
    相模原出身のロックバンド (Alexandros ...

    相模大野駅の列車接近メロディ

  • 2024.04.11
    下町の太陽、庶民派女優といわれながら都会の大人の女...

    150万枚のミリオンセラーを記録

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!