22.07.27 update

第17回 成城でも撮影されていた! 若大将が通う京南大学

 若大将のライバル・青大将こと石山新次郎は、会社社長のドラ息子。本作でも真っ赤なスポーツカーをキャンパスに乗り入れるが、その先には成城学園のシンボル的存在の講堂「母の館(ははのかん)」(註7)が見える。音楽教室棟(その名も「ミュージックホール」)から出てきた「軽音楽部のはねっかえり」で青大将の従妹にあたる英子(田村奈巳)が、学生服姿の若大将と部のマネージャー江口(江原達怡)と合流するやり取りは、当講堂前で撮影されている。若大将らが授業を受ける教室棟は、大学ではなく成城学園中学校の校舎。本作では、この中学校エリア(註8)しか撮影許可が下りなかったのであろう。

 もともと星由里子、浜美枝と共に‶東宝スリーペット〟として売り出された田村奈巳(当初の芸名は田村まゆみ)。英子という女子大生は澄ちゃんとの〈恋のライバル〉に発展するような役柄であり、これでレギュラーになれるとの確信を得た田村さんだったが、何故かシリーズ出演は本作のみで終了。これには、ご本人も大変残念な思いだったようだ(筆者聴取)。

 続く『ハワイの若大将』では、雄一はヨット部、澄ちゃんは化粧品会社の宣伝課所属となる。冒頭の京南大学正門風景は、やはり成城学園でのロケだが、門柱はやはり作り物。正門の奥には、日活映画『女を忘れろ』(59年)にも写っていた「大学講堂」が見える。この講堂は、成城大学文芸学部在学中の大林宣彦監督が、日がな一日ピアノを弾いて過ごし、父親から預けられた8ミリカメラで女子学生たちを一コマずつフィルムに収めていたことで知られる。当然、このフィルムには将来奥様になられる恭子さんの姿も刻まれているのだが、結婚の約束を交わしたのは監督が愛した(故郷の尾道には存在しない)キャンパス内の雑木林だったそうだ。

大林宣彦監督の‶居場所〟だった成城大学講堂。右に「1号館」が見える 成城学園教育研究所所蔵

 試験中、青大将から懇願を受けた雄一は、「人に頼まれたことは嫌と言えない」キャラどおり、つい答案を見せてしまう。この教室も前作同様、中学校校舎の一室で、窓の外には成城大学の校舎が写り込んでいる。この場面は東宝撮影所内のセットで撮られたものなのだが、驚くべきは、窓外の景色が東宝の美術スタッフが描いた「1号館」の‶背景画〟だったことである。成城ロケであることなど誰も知らないのだから、こんな丁寧な仕事をする必要はないように思うが、当時の映画の作り方はこれが当たり前だったのであろう。

 平田昭彦扮する担当教授から不正行為と認定された二人が、学部長(佐々木孝丸)により停学二ケ月を言い渡されるのは、ここ成城大学の1号館。ここには雄一の父親・久太郎(有島一郎:成城五丁目在住)と新次郎の父(三井弘次)も召喚されており、錚々たるメンバーが成城ロケに集結していたことになる。正門前で撮られた撮影風景スチールには、スクリプターの野上照代さんの姿も捉えられていて、彼女が黒澤映画だけの人ではなかったことが改めて認識される。雄一が久太郎から、お約束の勘当を申し渡されたことは言うまでもない。

 東宝撮影所から程近い成城キャンパスは、ロケには最適な場所だったはずだが、成城大学が京南大学に見立てられたのは、以上の二作のみ(註9)。その後のロケ地は、前述のとおり日大文理学部が中心となり、加山の出身大学・慶應義塾が使われたことはない。

 加山自身が、長く成城(稲垣浩邸、司葉子=相澤邸のすぐ傍)に住んだこともよく知られた話。2022年9月をもって、コンサート活動から引退することを発表した加山であるから、どなたか、かつての自宅前の通りを‶成城 若大将通り〟とでも命名してくれないものだろうか?

(註1)脚本家・田波靖男の著書『映画が夢を語れたとき』(広美出版事業部)による。

(註2)1959年に同じ藤本眞澄製作、笠原良三脚本、杉江敏男監督により製作された、お姐ちゃんシリーズ第1作目のタイトルは『大学のお姐ちゃん』。二作目も『銀座のお姐ちゃん』で、若大将シリーズはこれを踏襲している。

(註3)当初は映画音楽を手がけた広瀬健次郎や中村八大作の楽曲を歌っていた加山だが、第4作目の『ハワイの若大将』からは自作曲を歌うことに。‶日本初のシンガー・ソングライター〟の称号は、加山にこそ相応しい。

(註4)本作で脚本の田波靖男は、加山本人の作曲手法やバンド活動を巧みにストーリーに取り込んでおり、音楽映画としても秀逸。ちなみに、当時助監督を務めていた故小谷承靖監督は、筆者とのトークイベントにおいて、日光戦場ヶ原における「君といつまでも」歌唱シーン(初めて澄ちゃんに歌って聞かせたのに、澄ちゃんが一緒に歌い出す)で、加山が見せた仏頂面が非常に印象的だったと語っていた。要は、岩内克己監督の演出が現実的でないとの不満表明だが、こうした不条理な演出(専ら古澤憲吾監督による)に耐えに耐えたのが植木等であった。

(註5)京南大学はもちろん架空の大学。古澤憲吾が監督した『南太平洋の若大将』のみ、日本水産大学に通う設定であった。

(註6)天邪鬼な性格をお持ちなのか、古澤監督は麻布にある設定の田能久までも浅草でロケしたりしている。

(註7)大岡昇平ら成城高等学校第1回卒業生のために、母親たちが尽力してつくった講堂であることから、こう呼ばれる。

(註8)成城学園は、幼稚園から大学院までをワンキャンパスに収めた総合学園として有名。

(註9)小谷承靖監督、草刈正雄主演で作られた‶新生〟若大将シリーズの第1作目『がんばれ!若大将』(75年)では、成城大のアメフト部員たちがエキストラ出演。マネージャー役は成城の現役学生・丹波義隆(丹波哲郎の子息)、マドンナを演じたいけだももこも成城大学を退学したばかりであった。


高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。

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