23.02.27 update

歴史上の名を馳せた著名人の邸宅は、それ自体が芸術品だ

2014年4月1月号 「街へ出よう」


関東大震災や戦火を免れて今も静かに佇む大邸宅が存在している。
それらは、歴史上に名を馳せた著名人の本邸や別邸であることも珍しくない。
当主の趣味や最高の技術が込められた建築物は、それ自体が芸術品ともいえる。
文明開化とともに建てられた重厚でエレガントな洋館、
大正期の和洋折衷の趣味の良い邸宅など、時が経つのも忘れさせる。
庭園には桜やつつじが咲き誇り、緑溢れるこれからの季節、
日本を支えて来た人物の業績を振り返る縁にもなり、ぜひ出かけてみたい。

旧岩崎邸庭園 photograph by Yasukuni

大邸宅を見る

~芳しき意匠をまとった建築物~

文・太田和彦


三菱財閥の創始者・岩崎家のスケールの大きさを物語る
明治期を代表する邸宅


 町を歩き、長い塀に囲まれて鬱蒼と大樹が繁る邸宅を見ると、中はどうなっているんだろうと興味がわく。それが三菱財閥の創始者・岩崎家の邸宅であればケタが違う。
「旧岩崎邸庭園」は不忍池に近い池之端。駅の地域図で見るだけでも広大な敷地だ。長い赤煉瓦塀をまわりこんだ正門から、敷地内なのに幅十メートルはあろうかという馬車道をゆっくり上って左に折れ、さらに行くと眼前に壮麗な洋館が現れた。二階建て右寄りの玄関ポーチの上は角ドームの塔屋がそびえ、外壁の肌色とスレート屋根の青灰色の対比が美しい。
 古い建物のみどころは装飾だ。ギリシャ古典とイスラム風をないまぜにした様々なモチーフの変化は見飽きない。全体には直角直線で整えたイギリス・ルネッサンスの端正な建物に異国風の装飾をたっぷり施した印象で、玄関前に梢高い数本の唐棕櫚(とうじゅろ)がさらに南国の趣きを添える。
 中に入ると階段ホールに圧倒される。ジャコビアン式(イギリス十七世紀の装飾)が施された双子柱(二本合わせの装飾柱)を前に立てた三つ折れ廻り階段は、上から客を迎えに下りてくる当主が、さぞかし立派に見えただろう。建物内には木彫が多く、双子柱の下部にまわした唐草風の浮き彫りが豪華だ。室内もホールも、石のマントルピースが空間の主役となる。

 婦人客室は四隅にアルコーブ(室内から少し退いた小空間)を設けて四角の部屋をやわらげ、金唐革紙というものを使った壁紙はすべての部屋で意匠を変えてある。建物南は芝の庭に面して上下総二階の広大なベランダだ。上のベランダは、庭の園遊会に訪れた来賓に手を振る優雅な演出になる。
 庭にまわる植え込みに緑濃いアカンサスがあった。地中海地方原産のギリシャ国花、和名・葉は 薊あざみは、ギリシャ古典装飾の基本モチーフで、邸内もいたるところに使われ、東京藝大の校章もこれだ。初めて見る生きた葉は一枚がハンカチほどに大きいと知った。
 三菱財閥が私的な迎賓館に建てた洋館は、建物は重厚、装飾は華麗と言おうか。厳格に様式を守った洋館(例えば教会)とちがい、ギリシャ風、イスラム風、アメリカ風と自在に引用した様式の混淆は、あらゆる事業を手がけた岩崎のスケールによく合うと思えた。


大正時代の名建築は震災や戦火を逃れ七段雛飾りも今に伝わる


 ほど近い千駄木の、安田財閥につらなる「旧安田楠雄邸庭園」は大正八年築の日本邸宅だが、式台から上った最初の応接間だけは洋室だ。丸テーブルをソファが囲み、天井は装飾縁がまわる白漆喰。木貼りの壁にはめこんだ暗緑色大理石マントルピースの飾り柱に遊びのようにつけた、うずくまる兎と猿の木彫一対がおもしろい。
 隅に置かれたハンドル式蓄音器は大正末期のビクトローラ。隣りのアップライトピアノは昭和五年のヤマハ。当主は音楽好きだったか。庭園をのぞむサンルームの天井は白漆喰で、昭和に流行した籐製の応接セットが置かれる。


 続く和室や長い廊下の電灯がいい。羽ばたく闘鶏(けいとう)の透かし彫りから下がる二灯の吊り下げシャンデリア灯。廊下柱に並ぶぼんぼり灯。日本の伝統建築に電気配線はないから電力普及以降のもので、和風に合うようにデザインされた明かりだ。
 三月の今日は、安田家伝来の七段雛飾りが女性たちの熱い眼差しを浴びていた。
 建築ウォッチも個人邸宅は当主の趣味が見どころだ。必ずある女部屋、また台所、風呂場など生活が見えるのも興味をさそう。ひるがえって現在、重要文化財に指定されるような個人邸をもつ人はいるのだろうか。


おおたかずひこ
グラフィックデザイナー・作家。最近の建築ウォッチ興味は大正から戦前までの庄司会社、銀行支店、医院などの小さな洋館。松本、松江などによく残る。

1 2 3

映画は死なず

新着記事

  • 2024.05.02
    『ヒットマン』のザヴィエ・ジャン監督の最新作『FA...

    応募〆切:5月13日(月)

  • 2024.05.02
    〝私をカンヌに連れてって〟くれたエドワード・ヤン監...

    文=河井真也

  • 2024.05.02
    人々はどうやって映画を愉しんできたのか、鎌倉市川喜...

    4月13日[土)~7月7日(日)

  • 2024.05.02
    山本リンダの「こまっちゃうナ」から「どうにもとまら...

    遠藤実のレコード会社を救ったヒット曲

  • 2024.05.01
    自分の街、がなくなった ─萩原 朔美   

    第13回 キジュからの現場報告

  • 2024.05.01
    日本人デザイナーのパイオニアとして世界で活躍した髙...

    7月6日(土)~9月16日(月・祝)

  • 2024.04.30
    泉屋博古館東京 企画展「歌と物語の絵 ─雅やかな...

    応募〆切:5月27日(月)

  • 2024.04.26
    92歳の現代美術作家・三島喜美代の東京での初の個展...

    5月19日(日)~7月7日(日)

  • 2024.04.26
    中村勘九郎、七之助を中心に若手歌舞伎俳優たちが新宿...

    5月3日(金・祝)~26日(日)

  • 2024.04.26
    銀幕の大女優・浅丘ルリ子の159本の出演作の中から...

    5月13日(月)、14日(火)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!