2015年10月1日号「街へ出よう」より
映画やテレビなどで娯楽が簡単に手に入る時代だからこそ、役者が生身で演じる舞台の魅力が恋しくなる。千席を優に超える大劇場の満員の客の反応が、俳優を熱演に導き、思わず立ち上がり満場の拍手が鳴り止まない渦中の興奮!客の熱気が舞台を作るのだ。舞台の良さはこれだ!
おいしいものをいただき、ゆっくり演劇を楽しんで娯楽の王道にひたってみよう。
大劇場を楽しむ
~役者が生身で演じる舞台の興奮~
文・太田和彦
江戸時代から芝居は庶民の娯楽だった
若いころから小劇場演劇はよく見ていたが、中年になって時々大劇場にも足を運ぶようになった。
歌舞伎座、明治座、新橋演舞場、東京宝塚劇場、日生劇場、博品館劇場、国立劇場など。多くは銀座周辺に集中し、小劇場のような小難しいところのない、団体鑑賞もある華やかさが特徴だ。
江戸の昔から芝居小屋は庶民の贅沢な娯楽だった。派手な役者幟の林立、「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい」の呼び込み、人気役者の楽屋入りに見とれる女たち、大向こうから「待ってました! 千両役者」の声を飛ばしてゆっくり楽しむ芝居のだいご味は、明治以降も「今日は三越、明日は帝劇」と憧れが続いた。映画やテレビなどで娯楽が簡単に手に入るようになっても、役者が生身で演じる舞台の魅力は変わらない、いや、だからこそ魅力が明快になっている。
今日は帝国劇場でミュージカル「エリザベート」だ。昼の回公演の一時半前に、すでに女性たちが長蛇の列をつくる。劇場の方によると昼公演の九十八%は女性客だが、最近の夜の回は、リタイアしたご主人を誘った夫婦カップルが増えているそうだ。銀座でおいしいものをいただき、帝劇でゆっくり演劇を楽しんで帰るのは娯楽の王道だろう。
広いロビーは女性ばかりの熱気であふれ、人気俳優勢ぞろいの等身大写真パネルの前で記念写真や、何かの抽選用紙に列をつくり、パンフレットも飛ぶように売れ、はやくもロビーでお弁当を広げる人もいて、何もしない男とちがい楽しむことにどん欲だ。
絶え間なく楽器音調整が聞こえる、ステージ前のオーケストラボックスをのぞき込む人もいる。やがてそれも静まり、補助椅子も並ぶ超満員に舞台の開始を告げる女声アナウンスが聞こえ、いくつもある客席ドアはピタリと閉じられた。