23.07.03 update

役者が生身で演じる舞台の興奮を楽しむ

俳優の熱演に思わず感激の涙にひたる

 しだいに明るくなった大ステージは、舞台両袖まで張り出したバロック風廃虚の壮大なセットにオープニングテーマが奏され、この劇の狂言回し・ルキーニが「ひょい」という感じで登場し、簡単な時代背景を説明して物語が始まる。
 十九世紀末のウィーン、若き皇帝ヨーゼフが一目ぼれして妻に選んだのは、母やまわりが用意した相手ではなく、ついてきた妹の方だった。そのエリザベートは崩壊しつつあるハプスブルク家の運命を背負いながら、類い希なる美貌を武器に愛と自由な生き方を求めてゆく。
 ミュージカルだから会話はすべて歌だ。群舞が目を楽しませながら場の意味を表現する。ヨーロッパ貴族の豪華絢爛な衣裳は日本人には合わないということは「全くなく」、昔とちがう体格のよさもあって、むしろ感情移入をスムーズにさせる。舞台真ん中の、ハプスブルク家紋章・双頭の鷲を浮き彫りにした、高さ四~五メートルもある三つの巨大な棺桶上に立つ俳優は、ステージの平場よりも全身がくっきり見えてさすがの計算か。柵もない上から落ちたらたいへんだと心配するが、目もくれず朗唱する姿はまさに後光が射す。

 要の歌が終わると拍手がおき、満員の客の反応がいやが上にも俳優を熱演に導くのを肌で感じる。舞台の良さはこれだ、客の熱気が舞台を作るのだ。女性客に囲まれて小さくなっていた私だが、終幕ちかく、相愛と別離をかさねたエリザベートと皇帝ヨーゼフの二重唱「夜のボート」には私も思わず落涙、感動の拍手に加わった。

大劇場の魅力にすっぽりはまって

 その日の出演、エリザベート/花總まりの、可憐な娘が試練を乗り越えて大輪の美貌と威厳を備えてゆく姿。死神にしてエリザベートを愛するトート/城田優は二〇一〇年の「エリザベート」に若干二十四歳で抜擢され、その五年後の再びの役は堂々とした中に妖しく美しい魅力を存分にふりまき女性たちのため息が絶えない。裏主役であるルキーニ/尾上松也の軽妙にして醒めた視点の演技は舞台に心地よいめりはりを作る。俳優も群舞も、何もかもがすばらしく、終わった客席全員が感動のスタンディングオベーションに立ち上がる中に私もいた。
 興奮さめやらず買った厚い一冊『帝国劇場開場100周年記念読本帝劇ワンダーランド』を開いた。「帝劇は、楽屋入りした瞬間から守られている安心感があります。この100年に帝劇舞台に立たれたすべての方々が、この劇場を聖域としてこられたのではないでしょうか」(涼風真世)、「帝国劇場の名にふさわしい役者でいることが大事だと」(市村正親)、「帝劇で演じることは、その歴史の一部になること」(鹿賀丈史)。数々の名舞台写真は、山田五十鈴が森光子が八千草薫が浅丘ルリ子が大地真央が、森繁久彌が松本幸四郎が岡田眞澄が宝田明がいる。私はそれを見ないできたことを激しく後悔した。舞台とはスターが目の前で私のために語りかけ、歌い、踊ってくれる所だ。豪華な舞台で毎日それを続ける大劇場ほど贅沢なものはない。もうあまり残っていない人生を劇場に通い続けよう。


おおた かずひこ
グラフィックデザイナー/作家 『京都、なじみのカウンターで』(淡交社)他多数

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