23.09.21 update

名店の寿司をランチでいただこう!

2018年1月1日号「街へ出よう」より


街の屋台で、握り寿司が供されるようになったのは江戸時代後期。
いつしか、寿司は特別な日に食べる高級なものとなってしまった。
初めてだと、かしこまり、緊張してしまいそうな名店の寿司屋。
しかし、実際には気さくな雰囲気で、ランチで食べる寿司ならお値段も良心的だ。
ちょっと気取ってカウンターに座り、寿司職人の手から渾身の一貫が出来上がっていく過程を見ることは心躍る。
会話が弾めば、心も晴ればれするだろう。
これからの季節は脂がのった魚が、一番おいしい。

*本文中のお値段、内容などは取材当時のものです。ご了承ください。

鮨 一條にて photograph byYasukuni

名店のランチ寿司

~気軽に食べて、粋に楽しむ~

文・太田和彦


居酒屋派を自認する私の寿司体験

 寿司ほどおいしいものはないが一流店は値段が張る。よって、回転寿司かスーパーの寿司パックだが、こればっかりでもなあ。酢飯に刺身をのせただけのとはちがい、名店の本格江戸前寿司は寿司種に合わせた「仕事」がされているそうだ。
 私とて本格店を知らないわけではない。夜の寿司屋に入ると、滅多に来れない高揚感もあってか、まず酒を頼み、何かつまみをおまかせで取って一杯やりながらそれを楽しみ、だいぶたってから「そろそろ握って」「はい、何からいきましょう」と、ようやく握りになる。すでに腹はできているから、五、六貫でお終いだ。
 居酒屋派の私だが、これでは勿体ない。寿司屋では酒を控えてお茶を頼んで次々に握ってもらう。それも順番を考えて、ハイライトの小鰭、穴子はいつにするか念頭に置きつつ(おおげさです)白身あたりから始める。
 付け台に置かれたら即、口に入れ、そしてお茶を含んで口をきれいにして次に備える。どんどん注文するので職人の動きはリズミカルになり、肩を揺すって楽しそうだ。最後にかんぴょう巻にすると、「はい、お茶さしかえ」と大きな声がとぶ。およそ三〇分で終了だ。たまには「おまかせで、一〇貫くらい握ってください」という時もある。そして「トロとウニはいらないです」と付け加える。値段が高いからではなく(それもあるが)、寿司としてつまらないという気持ちがある。大好きな巻ものは鉄火巻とかんぴょう巻の両方をとる時もある。
 以上、私の貧しい寿司体験です。

まずは日本橋界隈の本格江戸前の寿司屋へ

 とはいえ、もういい歳になった、少しはぜいたくして名店の寿司をいただいてみたい。それには値段のわかっている昼の定食ランチ寿司がよいだろう。本格江戸前寿司なら日本橋界隈と見当をつけて出かけた。
 東日本橋「鮨一條」の店内は外光も入って明るく、昼間にさくっと寿司を食べる気軽さに満ちている。しかし寿司は夜と変わらない本格。注文は〈昼のおまかせ・七貫・五〇〇〇円〉。初手の〈ひらめ〉を口に入れてすでに「ウーン……」と満足。続く〈こはだ〉はびくびくした酢洗いではなくしっかり酢〆がきく。〈すみいか〉こりこり甘味、〈中とろ〉艶麗、おおこれが出たかとうれしい〈煮はまぐり〉、大好きな〈穴子〉はツメと塩で分けて出され、「塩」がこんなに穴子の味を引き立てるとは。〈玉子焼〉をはさんで、仕上げは芝海老おぼろと山葵を抱かせた〈かんぴょう巻〉。最後にはまぐりで出汁をとったお吸い物が出て言うことなし。
 開店して二年と新しく、主人・一條さんは若さの残る風貌ながら、人形町の老舗「六兵衛」で二十四年も勤めたベテラン。子供のころから寿司職人になると決め「学校の授業より寿司を手伝っていた」と苦笑いする。
 カウンターのガラスケースには仕事をされた種が竹ざるに並んで華やかだ。今や高級店は注文を受けて木のネタ箱を取りだすところが多いが、実物が見えているからこそ「次はあれだな、それは何?」と目移りが楽しい。
「そうなんですよ、(品を書いた)種板を見てもイメージわかないでしょ、目で楽しめるのが寿司の良さです」と明快に言うのがうれしい。貝好きの私はそのネタケースの青柳、小柱、みる貝、北寄貝、赤貝、平貝に大いに未練を残したことでした。

1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.05.02
    『ヒットマン』のザヴィエ・ジャン監督の最新作『FA...

    応募〆切:5月13日(月)

  • 2024.05.02
    〝私をカンヌに連れてって〟くれたエドワード・ヤン監...

    文=河井真也

  • 2024.05.02
    人々はどうやって映画を愉しんできたのか、鎌倉市川喜...

    4月13日[土)~7月7日(日)

  • 2024.05.02
    山本リンダの「こまっちゃうナ」から「どうにもとまら...

    遠藤実のレコード会社を救ったヒット曲

  • 2024.05.01
    自分の街、がなくなった ─萩原 朔美   

    第13回 キジュからの現場報告

  • 2024.05.01
    日本人デザイナーのパイオニアとして世界で活躍した髙...

    7月6日(土)~9月16日(月・祝)

  • 2024.04.30
    泉屋博古館東京 企画展「歌と物語の絵 ─雅やかな...

    応募〆切:5月27日(月)

  • 2024.04.26
    92歳の現代美術作家・三島喜美代の東京での初の個展...

    5月19日(日)~7月7日(日)

  • 2024.04.26
    中村勘九郎、七之助を中心に若手歌舞伎俳優たちが新宿...

    5月3日(金・祝)~26日(日)

  • 2024.04.26
    銀幕の大女優・浅丘ルリ子の159本の出演作の中から...

    5月13日(月)、14日(火)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

new ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

「箱根スイーツコレクション 2024」開催中 4月22日(月)まで キャンペーンも実施中

箱根 「箱根スイーツコレクション 2024」開...

Instagramをフォローして、素敵な賞品をゲットしよう

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!