2019年7月1日号「街へ出よう」より
実業家や芸術家の独自の美意識で建築された私邸は、
当時の一流技術者の英知の結晶で、唯一無二の作品ともいえる。
時代時代の幾多の困難に遭遇しながら、今では美術館として一般公開され、
大型の美術展とは異にするユニークな企画展が年間を通して組まれてぃる。
展示されている作品はもとより、
建物からは主の愛情やエネルギーがひしひしと伝わってくる。
建築物と作品が一体となった空間で、
美術鑑賞を楽しむ贅沢を味わってみようではないか。
邸宅美術館・美の饗宴
~建物自体が美術品だった~
文・太田和彦
アールデコ様式の最高傑作といわれる皇族の払邸
大型の公共美術館は古典絵画も現代美術も扱うため、展示場は無個性にしなければならないが、私邸に展示する美術館は建物に個性があり、似合う作品は限られてくる。逆に言えば作品と展示の絶妙なマッチングを楽しめることになる。
白金の「東京都庭園美術館」は1933 (昭和8)年に朝香宮邸として建てられ、半世紀後の1983 (昭和58)年に美術館となった。
目黒通りに面した正門からのながく広いアスファルトは、隣接する白金自然教育園の森とつながって覆う大樹の緑がいい。仕事場が近くにある私はよく来て、このアプローチがいちばん好きだ。
ゆるやかに曲がった先に見えてくる、屋上望楼つき薄ベージュ色二階建ての本館は、曲線・直線のバランスをもって簡明だ。
しかし左右にこま犬を配した玄関を入ると雰囲気は一変する。直径5メートルはあろうかという同心円の華麗な大理石モザイクを足下に、壁の冷ややかな大理石、段々に高めた白漆喰天井から下る小ぶりに洗練された照明、壁の黒い鉄枠から透ける向こう側は、両手をおろして水面から上がってきたような女性の背に翼がひろがるルネ・ラリック作のガラスレリーフが何体も透けて見え、はやくも夢幻境を思わせる。
大客室の控えの間には、中央に背丈よりも高い脚つきグラスのような噴水器(香水塔)が立つ。水の流れるような仕組みが施されており、白磁の丸いカップの上の泡立つような装飾は照明が入って香水を直接垂らすと、熱で香りを漂わす。床は華麗なモザイク、外光を弱めるドレープカーテン、同心円の白漆喰の天井はやわらかな間接照明。客を迎えるために噴永器を置く間を設ける優雅さ。来客時に香水が漂う様はすばらしいだろう。
そこから始まるすべての部屋は、部屋の形も( 丸、四角、楕円)、天井も(段々、球形、ヴォールト)、各室のマントルピースの形も大理石も、また照明も(吊り下げ単灯、シャンデリア、壁埋め込み、間接)、壁も(壁画、各種大理石、金属レリーフ、高級材、厚いカーテン)、床も( 敷き詰めタイル、精密モザイク、寄木貼り、じゅうたん)など、すべて異なるデザインだ。各種通風抗、排水口に施した装飾金物のデザインを見て歩くだけでも興味は尽きない。そのすべてがアールデコ。一貫しているのは「洗練された気品」と「控えめな優雅」。アールヌーヴオーをモダンに昇華したアールデコは近代の素材を駆使し、ここは石とガラスと金属と木の饗宴といえよう。