23.11.24 update

建築物と作品が一体となった空間で、美術鑑賞を楽しむ贅沢

名工が腕を振るった、作家のアトリエに行きわたる美意識

 谷中の、車寄せを前にカーブする黒塗り曲面が特異な洋館「朝倉彫塑館」は、巨匠・朝倉文夫( 1883~1964)の自邸アトリエで、中を見学でき作品も展示している。
 朝倉はこの家を自ら設計監督して、大工棟梁・小林梅五郎、造園・西川佐太郎、銅板葺き・伊藤卯平ら名工に腕を振るわせた。日本家屋とコンクリート造りを合体させた建物は精緻をきわめ、直線が基本の日本間においても曲線を多用して美術家の造形をみせる。四方を家に囲まれた池は廊下の下まで満々と水をたたえ、配された巨石は、雄大な肖像彫塑を得意とした作家の世界観のようだ。

 アトリエの、巨大な採光窓のある高い天井はなめらかにカーブして壁になり、部屋の角隅もすべて丸い空間はどこにも直線を作らず、やわらかな自然光があふれる。名作『墓守』、娘の摂(舞台美術家)・響子( 彫刻家) をモデルに背中合わせの『姉妹』などが、床に直接立って四方から見てとれ、ここで作られたという臨場感がとてもいい。私は50年も前、資生堂の新人デザイナーだったとき、「個性ある女性像」を写真で描こうとしたシリーズ広告でここを使わせてもらい、当時置かれていた早稲田大学の『大隈重信像』の巨大な原型の前にモデルを立たせ、静謐な光で撮影したことがあった。

 アトリエ奥は朝倉の書斎で、天井まで高い蔵書が興味深い。随所に朝倉の愛してやまなかった猫の作品が生きているようにあちこちに置かれ、堅苦しい芸術ではない親しみがわく。さらにおすすめは外階段を上がった屋上だ。一気に開ける展望は上野の山を見せ、玄関上に見上げたブロンズ像は「砲丸投げ」の青年であるとわかる。屋上は広く木も植わり菜園もある。


  ここはまぎれもない、作品、建物、作家が一体となった彫塑の館だ。
 大型美術館とはちがう、作品と建物の一体感は美術鑑賞の最高の贅沢といえよう。


おおた かずひこ
グラフィックデザイナー、作家。著書に本欄が一冊になった『太田和彦の東京散歩 そして居酒屋』の他、『酒と人生の一人作法』など多数。

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