22.08.17 update

ジャズファンの聖地で、好きなレコードを聴く

2017年10月1日号「街へ出よう」より


レコード盤を痛めないようにと、
やさしくターンテーブルに乗せ、そっと針を置くときの緊張感。
A 面からB 面に裏返して聴くときの心弾むワクワク感も忘れられない。
欲しかったレコードが手に入ったときは、
部屋のインテリアにしてジャケットを飾っていた。
レコードジャケットは好きな絵と同じでアートになった。
80年代に入って、音楽はCDで聴くものに変わってしまったが、
忘れ去られていたレコードに再び熱い視線が送られている。
懐古趣味の世代だけでなく若い世代が新しさを感じているようだ。
音楽好きなら「音楽を鑑賞する場所」へ足を運び、真剣に聴く。
音響の良いスピーカーも備えられたジャズ喫茶で、
新旧のミュージシャンの曲に浸ってみよう。

photograph by Yasukuni

レコードを聴く

「知らなかった音」につつまれる至福の時~

文・太田和彦


レコードをあつかう面倒くささが好きだ

 最近レコード人気が復活し、ソニーがプレスを再開したそうだ。私も音楽はレコード派。若い頃からこつこつと買い集め、今も中古レコード店巡りを続けて1200枚くらいになった。
 近ごろの音楽はイヤホンを耳に突っ込んで聴くものになり、スピーカーからの生音ではなくなった。音楽の本来は目の前で音が鳴るものではなかったか。また最近はダウンロードと言うのか配信で聴くものらしく、私には意味不明で、演奏者や曲目の詳細はわかるのだろうか。好きな音源を手元に置かないで音楽好きと言えるだろうか。
 薄い溝を針がトレースして音を出す原始的なレコードは、その間は静かにしていないと針がとぶ。つまり何もせず「真剣に聴く」。その時ジャケット解説を読んだりする。そこがいい。夜、ひとりの時間に、さあ何を聴こうかなと盤を選び、ターンテーブルに乗せて針をおとすのは至福の時間で、私だけの演奏会が始まる。

 CDでも同じではないかと言われるとそうでもなく、デジタルは摩滅しないが、レコードはすり切れる。演奏が終わったら針を上げることを忘れてはならない。もちろん外に持ち歩くなどはできない。この面倒くささが「真剣に聴く」になる。
 レコードを聴くプレーヤー、アンプ、スピーカーなどのオーディオ装置は場所をとり、また高級なシステムは何百万円は当たり前の世界で、ふつうの人にはとてもできない。したがって愛聴盤を最高の音質で聴きたい願いは、そういう機器をそろえたレコード喫茶に行くことで叶えられる。ついでに書けば、CDは大音量にしても聞こえる内容は同じで、音が大きいだけだが、レコードは「知らなかった音」が溝から無限に湧いてくる。それが最大の魅力だ。

学生時代が蘇ったジャズファンの聖地

 戦前に開店した横浜のジャズ喫茶「ちぐさ」はジャズファンの聖地だ。私ははるか50年も前に一度入った。移った新店にも、かつてあった、黄色地にしゃれたイラストの置看板「モダンジャズ&COFFEE ちぐさ」が路上に置かれて胸がいっぱいになった。これも健在の表示板〈MJL〉は〈MODERN JAZZ LEAGUE〉の略で、1960年代に全盛だったジャズ喫茶のグループのこと。大学生の私は、田舎の高校時代から読んでいた雑誌「スイングジャーナル」のMJL共同広告を見て、下宿の下北沢に近い明大前の「マイルス」に入り浸り、ジャズを聴いていた。もちろん下宿にレコードなどなかった。


 煉瓦貼りの新店は角地で窓が大きく明るいが、席はすべて正面の巨大なスピーカーボックスに向き、ここは音楽を鑑賞する場所であることを堅持しているのがうれしい。かかっているのはマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」。
 いいなあ……。
 聴き慣れたレコードだけど、口惜しいが音が全然ちがう。家で聴くよりもマイルスのトランペットはよく伸び、コルトレーンのサックスは艶がある。一関の有名なジャズ喫茶「ベイシー」は耳をつんざく強烈な音響で未聞の世界を開くが、ここの音質は中庸で、好きな盤をリラックスして聴く良さだ。木造店内も音を柔らかくしているのかもしれない。すべて専門家特注の演奏心臓部は、レコード盤より直径の大きいターンテーブルが二台並ぶヨダレもの。すてきなお姉さんが、次の盤をさっと拭いて置く。店内で創業者・吉田衛さんを囲んで撮った、原信夫、秋吉敏子、日野皓正、谷啓、石橋エータローなどの面々がいい。世界の渡辺貞夫はじめ、皆ここで「真剣に聴いて」プロになったのだ。秋吉さんの笑顔のなんとすてきなことか。


 今入って来た白髪の紳士客は、黄色ポロシャツに水色の軽いジャケット、半ズボンに革靴とおしゃれだ。リクエストができ、その分厚い台帳バインダー二冊はアーティスト順に並ぶ。せっかくだから何か聴こう。大好きなアート・ペッパーは四三枚もある。選んだ「ミーツ・ザ・リズムセクション」が鳴りはじめ、とっぷりと音の世界にひたった。

1 2 3

映画は死なず

新着記事

  • 2024.07.22
    昭和39年、純愛ドラマの先駆けとなった東芝日曜劇場...

    純愛ドラマ「愛と死をみつめて」のミコ役でトップ・スター

  • 2024.07.18
    ちあきなおみ版が複数のCMに起用されスタンダード・...

    永六輔と中村八大の「六・八コンビ」による〝黒い〟シリーズ第2弾

  • 2024.07.17
    老いが追いかけてくる ─萩原 朔美の日々   

    第19回 キジュからの現場報告

  • 2024.07.17
    [ロマンスカーミュージアム]の夏休みイベントは親子...

    7月17日(水)から

  • 2024.07.17
    <自然災害から身を守るPart2> 大型台風、暴風...

    大型台風、暴風の季節に備えて

  • 2024.07.16
    世界中の映画祭を席巻した、メキシコの新鋭監督の『夏...

    応募〆切:8月4日(日)

  • 2024.07.16
    山梨県立文学館開館35周年の特設展は「文学はおいし...

    7月13日(土)~8月25日(日)

  • 2024.07.11
    約2000株のアジサイが見ごろを迎える箱根・強羅の...

    箱根・強羅の散策に

  • 2024.07.11
    世界的ヒット曲「アイ ライク ショパン」をユーミン...

    ユーミンの「麻美ちゃんに歌わせたい」という天才的な閃き

  • 2024.07.10
    東京で唯一の大名家の美術館「永青文庫」で家紋をテー...

    7月27日(土)~9月23日(月・振)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!