22.08.17 update

ジャズファンの聖地で、好きなレコードを聴く


根っからの「シナトラ」ファンのオーナーに脱帽!

 買うレコードはここ5年ほど、50~60年代のジャズボーカルばかりになった。中心は白人女性歌手。好きな歌手はコンプリートコレクションを目指し、おおよそは買い尽くし、今やまるで知らないのを買う。中古レコードの値上がりはすさまじく、京都で美人ジャケットにひかれて大決断して買った4000円もしたのはみごとにハズレだった。しかし「持っている」ことが大切。良いレコードにあたる確率は20分の一。つまり5パーセントだが、それは生涯の愛聴盤になる。
 高田馬場のジャズボーカル専門「カフェ・アルバート」は昔から名を知っていて、訪ねる日が来た。地下に下りた正面にフランク・シナトラの名盤「カム・フライ・ウイズ・ミー」のジャケットが飾られる。店名はもちろんシナトラの正式名「フランシス・アルバート・シナトラ」からだ。


 バーカウンターのあるさほど広くない店内はアップライトピアノも置かれ、至るところシナトラ関係の写真やグッズがいっぱいだ。オーナーママの志保沢留里子さんはなんと11歳の時からシナトラファンで、1962年にシナトラが初来日したとき、まだ子供なのに赤坂の高級クラブ「ミカド」のステージショーに連れてってとねだって親を困らせた。初めて生を聴いたのは結婚して行った74年の武道館公演。
「その時の印象は?」
「目が合ったと感じました」
 ははあ……。その後、五度の日本公演はもちろん、ニューヨークやベガスのショーにも通い、蝶ネクタイステージ衣装のシナトラの腕に抱きつく写真も撮るといううらやましい方だ。ボーカル専門店らしく、アーティストではなく曲別にパソコンに整理され、歌を学ぶ人が、その曲の色んな歌手の歌い方やアレンジを勉強してゆくそうだ。試みに「アイ・シュッド・ケア」をリクエストするとたちまち三三人の歌手が並んだ。
シナトラを選ぶとおなじみのあの声あの曲。「シナトラの魅力は何ですか?」の質問にすらすらと答えた。
・粋でカッコいい
・声の中にすべての感情が入っている
・つらい歌も笑いながら、楽しい歌も哀愁がある
「全く同感です、シナトラを超える歌手は絶対に現れないし、必要もない」という私の感想ににっこり。「ベスト盤は?」「アイ・リメンバー・トミーでしょうか」。シナトラは30枚ほど持っているが、ははあ、あれかと納得したのでした。

若者よ、レコードは真剣に聴くものである

 2014年に吉祥寺に開店したレコードカフェ「クアトロラボ」(注)の経営元はパルコだそうで若い層を意識したのかもしれない。外光がさんさんと入る高い天井、ハイカウンター、長いベンチシートの店内は、それまでの穴蔵的なレコード喫茶とちがい、明るいアメリカ西海岸の雰囲気だ。流れるのはきれいな声の女性フォークソングのギター弾き語り。
 オーディオ装置はたいへん立派で、福生の専門職人に特注した大スピーカーボックスが君臨する間に青い光をともす三台のアンプはマニア垂涎のマッキントッシュ。その前の二連プレーヤーの盤を掛け替える時は大きなヘッドフォンモニターで出だしの位置を定め、スムーズに次の盤に移る。その盤はジャズギター、グラント・グリーンの「フィーリン・ザ・スピリット」。夏の終わりの今ごろに私もよく聴くご機嫌なアルバム。音は粒立ちがよくクリーンだ。
 スピーカー前の最上席で、おいしい焙りチキンのランチを済ませてコーヒーを味わいながら軽いサウンドに身をゆだねる心地よさ。向こうの半ズボンの男はギネス黒ビールで読書。膨大なレコードはさる音楽関係者のコレクションを譲り受けたという。
 イヤホンで垂れ流し聴きの若い人に、手間のかかるレコード音楽が新鮮に感じるのならうれしい。そうです、音楽は「真剣に聴く」ものです。
(注)「クワトロラボ」は、吉祥寺から移転し現在は渋谷パルコB1にて営業中

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