2010年6月1日号「街へ出よう」より
気が向いたとき普段着でフラリと出かけてみる。街の中の小さな美術館を訪れる時間は、そんな日常生活の一コマのスケッチ。
早起きした休日の朝の散歩の途中や、近くの街へ買物に出たついでに立ち寄るのもいい。出先の街で初めての美術館と出会うのも楽しい。
常設展が主の小さな美術館だから気ままなペースで好きな画家や作品とじっくり、そして何度でも向き合える場所。
ミュージアム・ショップもカフェも小美術館ならではのそれぞれの個性が楽しい。ただ眺めていただけの近所の美術館。明日こそドアを開けてみよう。
小美術館の魅力
~街を育むアートの函~
文・太田和彦
小美術館ならではの常設展示を見る楽しみ
イギリスの美術専門紙が発表した、昨年(2009)世界で開かれた美術展の一日あたり入場者数は、上位四位まで日本だったそうだ。一位「国宝阿修羅展」(東京国立博物館・一日平均約1万6千人)、二位「正倉院展」(奈良国立博物館)、三位「皇室の名宝/ 日本美の華」(東京国立博物館)、四位「ルーヴル美術館展/十七世紀ヨーロッパ絵画」(国立西洋美術館)。日本人の美術展好きが証明されたとある。
たいへん結構なことだ。ダイナミックなスポーツや音楽、演劇などに較べ、美しいものをただ見るだけの美術館は投資対効果(ヤボですが)が低いと思うが、この人気だ。私もよく出かけ、美術好きの人は平和を好むのだろう、そういう人々が大勢いることに人への信頼や安心感をおぼえる。一方、伝える記事では「みんなが見ているものを自分も見たという横並び意識もあるか」とある。
海外著名美術館の引っ越し展や、何年に一度もない国宝の公開もいいが、私は小さな美術館の常設展も好きだ。イベント的な大展覧会に較べ、収蔵品を常設展示した小美術館はいつでも行けると案外足を運ばないかもしれないが、そこにはまたべつの魅力がある。
広大な東京大学の五つの門のひとつ、弥生門すぐ前の「弥生美術館」は挿絵の美術館だ。私の本業はグラッフィックデザインで大学でも教えていたが、あるとき東大博物館から、植物学者・牧野富太郎の植物標本をおさめた新聞紙の調査の一環として、デザインの見地から研究してくれと依頼があった。大学院生をひとり助手につけて三日ほど足を運び、戦前の新聞小説挿絵黄金時代に目を見張った。過去に研究書がないわけではなかったが、膨大な掲載紙現物はやはり迫力があり、忘れられた画家にも注目すべき作があった。