23.04.14 update

都心のオアシス「日本庭園」を訪ねてみよう

大名庭園にはない自由奔放な町人の行楽の場

 電車を乗り継いだ東向島の「向島百花園」は、江戸の町人文化の最も 栄えた文化文政期の初めごろ(1804~)、日本橋の骨董商・佐原鞠塢が交遊のあった文人墨客の協力で開園した。

 治世の安定したこの頃は大名も町人も園芸ブームで、「寛永の椿」「元禄の躑躅」「化政の朝顔」の流行を生んだ。百花園開園ころの変化朝顔は珍花奇葉が投機の対象になり、下谷の植木行商の声が響き、花の名所は庶民の行楽の場となった。

「春夏秋冬花不断」「東西南北客争来」とある簡素な庭門をくぐると、 大名庭園とはちがう植物園のおもむきだ。さほど広くはない敷地の真ん中に泉水はあるものの、あまり造園設計など感じさせない、花潅木をどんどん植えていってこうなったという気楽さがいい。地面に縄で囲んだ「春の七草」「秋の七草」はわが家の庭を見るようだ。緑葉に紫のきれいなムラサキセンダイハギは歌舞伎の伊達騒動『伽羅先代萩(メイボジュセンダイハギ)』に名が残る。

 園内に目立つのはあちこちに建つ俳句石碑だ。これもあまり計画性のないまま、奇岩を競うようにどんどん増やしていった風がいい。

 春もややけしきととのう月と梅   芭蕉

 鳥の名の都となりぬ梅やしき   益賀

 おりたらん草の錦や花やしき   柘植黙翁

 こんにゃくのさしみも些しうめの花 芭蕉

 紫の由かりやすみれ江戸生れ   井上和紫

 黄昏や又ひとり行く雪の人 雪中庵梅年

 うつくしきものは月日ぞ年の花   寳屋月彦

 水や空あかり持あう夜の秋  北元居士

 花暮ぬ我も帰りを急うずる   矢田恵哉

 大名庭園には和歌が、町人庭園には俳句が似合う。私の好きな江戸~ 明治の画家「月岡芳年翁の碑」(建之明治三十年)があるのはうれしく、その冒頭は「絵畫は冩生を以て本道 とし……」と読める。

 驚かせたのは「芝金顕彰碑」(芝金は、初代を文政期に始まり今も六代目に続く歌沢節の名跡)の「梁川榎本武揚君篆額」だ。

 江戸生まれ、幕末に五稜郭にたてこもり、維新後は公使としてロシアと交渉にあたった英傑が没する十年前の明治三十一年に艶っぽい端唄名跡の碑文題字をみごとな篆書で書いていたとは。

 まわり終え、入口脇の茶屋でいただく甘酒がおいしい。

 六義園は江戸元禄期、向島百花園は文化文政期。いずれも安定した平和が続いた時代に、大名は大名らしい、町人は町人らしい庭を作った。 平和な時代は名庭園を作る。破壊するのは戦争だ。江戸文化の華ひらいた庭園を訪ねてゆける今の平和をありがたいと思った。


おおた かずひこ

グラフィックデザイナー・作家。 『太田和彦の東京散歩、そして 居酒屋』(河出書房新社)他。

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