22.11.09 update

グラス片手にスイング、大人の夜を愉しむ

2012年1月1日号「街へ出よう」より


誰かかピアノをポロンと鳴らせは、ドラムか応え、ベースが加わり、
たちまちピアノトリオの結成となる。
そこにブラスやリードか入ると、ビッグバンドの編成ができる。
掛け合い演奏と即興という自由な音楽表現。ジャスの醍醐味は、ここにある。
ボーカルか溶け込み、聴く者もリズムを刻む。
デューク・エリントン日く「スイングしなけりゃ意味がない」。
酒とシャズ。今宵も都会の大人たちの愉しい夜が始まる。

東京俱楽部にて photograph by Yasukuni

ジャズクラブは都会の夜の最高の愉しみ

~スイングしなければ始まらない~

文・太田和彦


グラスを片手にスイングノリとアドリブが醍醐味


 テレビだ、ネットだ、の時代になって、何よりも贅沢はそこに行かなければ体験できないライブではないだろうか。スポーツも観劇も寄席もしかり。しかし音楽の著名演奏家チケットは何ケ月も前から予約で大変だ。何があるかわからない何ケ月先の予定は決められない。またクラシックコンサートは(それが良い所でもあるが)神妙にしていなければならず、咳をするのもはばかられる。といってロックなどの、最初から客総立ちなんてのはもうダメだ。もっと気軽に生演奏を楽しみたい。
 それにはジャズクラブがある。くつろいだ雰囲気で酒のグラスを手に、すぐ目の前の演奏に耳を傾ける。ジャズは即興が命、同じ曲でもつねに違うノリとアドリブが醍醐味で、クラシックと違い演奏中でも拍手はOK。それは客と奏者の気持ちの交流でもある。
 チケットなどいらない。誰が出ているかなあと、ふらりと入ればよい。横浜野毛で” 時間つぶし” に入ったある店は演奏合間の休憩中で、この中に出演者がいるのだろうなと見ていたが、やがてピアノに座った人は私の前でラーメン談義に熱中していた人だった。しかしラテンタッチの入った演奏はすばらしく、おおいに堪能した。

結成18年のアマチュアバンドが魅せるジャズの真髄


 水道橋の暗い坂を登ったビルの地下〈東京倶楽部〉は、黒カウンターに丸テーブルいくつか。奥にはグランドピアノ、ドラムセットのすぐ横はソファ席。満員で50席くらいか。マイクスタンドの林立する床をコードが走る雑然とした雰囲気がいい。
 本日出演の〈シモサトバンド〉は、全員が本業の仕事を持つ社会人ジャズバンドで結成18年。私は半年ほど前に聴いてファンになった。リーダーの下郷さん(ベース/年齢60代) が明治学院大学ジャズ研究会の後輩や知人たちと”人が人を呼んで” 結成。1992年に赤坂のジャズクラブでデビュー以来メンパーもあまり変らず月一回のステージ出演を続け、ここ10年は東京倶楽部の第二土曜日夜に定着した。今まで約200回を越えるステージに加え、年一度、大箱のライブハウスでコール・ポーターやデューク・エリントン、ウエスト・サイド物語など、特別プログラムを組み入れたコンサートも開催しているというまことに立派なものだ。
 休憩をはさんで三ステージの演奏。「ご来場ありがとうございます」の挨拶あって、スタンダード「You are my everything」のピアノトリオで演奏スタート。ベース、ドラムのこころよいテンポに、本日応援にお願いした唯一のプロの方のピアノがからんでゆく。二曲目からギター、パーカッション、やがてコルネットも加わり演奏はしだいに華やかになってきた。
 メンバーは平均年齢五六歳。総勢13人だが、地方転勤中で来られない人もいて、本日は9人が集まった。ドラム、ベース(2人)、ギターコルネット、パーカッション(2人)。そこに(!) 女性ボーカルが2人入るのがうれしい。普通ジャズバンドは楽器のみだが、女性ボーカルが入ると格段に華やかになる。昔のスイングバンドにはいたけれど、今のプロバンドで専属女性ボーカルを持っているところはないだろう。
 その名花2人はマリコとトット。マリコさんは公務員、トットさんは某大手文芸出版社の編集者で私の本も担当してくれた人だ。まずマリコが登場して「Falling in love with love」。ストレートに感情をぶつける熱唱にコルネットがより寄り添うように伴奏する。次いでトット登場。「Anything goes」をステップを踏みながら低音から次第に高音にせり上げる姿は、編集仕事で私に相対した鬼編集者とはうって変わった大人の女のキュートが色っぽい。

演奏家たちと客席が一体となるジャズクラブという大人の居場所

 これだ、この楽しさだ。プロの演奏家とちがい音楽的野心とか名演欲は全くなく、お客さんの前で自分たちが楽しんで演奏できれば十分という気持ちはジャズ本来のものだ。
 しかし、その演奏はすばらしい! プロ並みという月並みな表現はとりたくない(ちなみにメンバーの一人は日本最高のビッグバンド〈宮間利之とニューハード〉から何度も入団の誘いを受けたそうだ)。互いの調子を見るうちに共通した感情が生まれて熱気を帯び、次々に披露するアドリブソロにニヤリと応え、さらに強烈にバックアップしてゆくスリルはジャズ演奏の神髄だ。私は酔った。あまり他人をうらやましがらない私だが、この社会人メンバーは心底うらやましく思った。一回目のステージが終わってトットさんと目が合い、「グッドー」と親指を立てると「えへへ」と言うように笑った。
 東京倶楽部の今月のスケジュールには私の知らない名前がいっぱいだ。毎夜毎夜、これらの人たちが生演奏を繰り広げ、それを聴く人がいる。都会の大人の夜の愉しみとして、ジャズクラブは最高の場所ではないだろうか。


おおたかずひこ
エッセイスト。50年代の白人女性ジャズボーカルが好み。ジョー・スタッフォード、キーリー・スミス、ベバリー・ケニー、スー・レイニー、ジョニー・ソマーズなど。5人のレコードはほとんど持っています。

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