2013年4月1月号 PERSON IN STYLE《美しいとき》より
十朱幸代という女優にふれるとき、ある程度の年輩の方ならテレビ草創期の大ヒットホームドラマ「バス通り裏」に思いいたる人は多いのではないでしょうか。
十朱さんが演じた「元子」は一躍お茶の間の人気者となり、「バス通り裏」は10代の女の子を、十朱幸代という芸能史に名を残す女優の座へ送り出したのです。
放送開始時に大学入学したばかりのジャーナリスト鳥越俊太郎さんの記憶にも「バス通り裏」の十朱さんが、しっかりと刻み込まれていました。それから半世紀以上を経て十朱さんと対面を果たした鳥越さんが、「女優・十朱幸代」の今を、語ります。
僕の中に同志のような感情が
芽生えた出会い
文=鳥越俊太郎
役柄の向こう側に知性・品性が見られる
僕が大学に入学した昭和33年4月、ホームドラマの草分け的存在としてその後のテレビ史に残る「バス通り裏」の放送が始まった。そこに出ていたのが、まだ少女の十朱幸代さんだった。僕のなかでは、十朱幸代さんといえば「バス通り裏」の〈元子〉なのである。恐らく、僕と同年輩の人なら、この体験を共有できるのではないだろうか。それから半世紀以上も経って、一度だけゲストとして同じテレビ番組に出演した折に挨拶を交わしたことはあったものの、面と向かってお会いするのは今回が初めてである。
ただ、実際にお会いすることはなかったものの、十朱さんが演じられる役を通して、〈元子〉のイメージはそのままに、品性があって同時に凜としたところもあり、ひたむきな感じも伝わってきて、日本の女のあり方のようなものを示している女優さんのように拝見していた。
テレビ、映画、舞台と常に第一線の女優としてキャリアを積み重ねてきた十朱さんを語るとき欠かせないのが芸術座である。女優舞台の殿堂とも言える芸術座に十朱さんが初めて登場したのは昭和50年1月〜2月、最年少座長であった。以来、芸術座の正月公演で主役を務めること20回、〝芸術座の正月女優〞と呼ばれたのも当然だろう。昭和の時代には、映画でも歌舞伎でも芝居でも正月公演と言えば歳の初めの華やかな風景としての特別なものということで、当代の人気役者が主役を務めた。その正月公演を20年も務めるのは大抵のことではないはずだ。
十朱さんの話しぶりには、おっとりとした育ちの良さのなかに、スパーッとした歯切れの良さが感じられる。うかがえば東京は日本橋の生まれだということである。合点がいった。日本橋の大店に生まれた育ちのよさと、江戸っ子の気風みたいなものが魅力的に調和しているのだ。山本周五郎、川端康成、宮尾登美子、徳田秋声らさまざまな作家たちが描く女人像を演じてきた十朱さん。したたかに生き抜く役もあったかもしれない、汚れ役と呼ばれる役もあったに違いない。だが、いずれの役柄も美しく、しゃきっと凜としている。そして役柄の向こう側からにじみでる知性とか品性といったものを、十朱幸代という女優からは見ることができるのだ。