20.12.27 update

私の「初恋の人」は水野久美さんでした。

嘘のようなまことにいるのか、まことのような嘘にいるのかわからなくなる。でもそれが、女優というものなんでしょうね。

本にしたい、映画にしたいとかきたてられる〝銀幕の夢〟

 

 さて、四捨五入すれば半世紀もの時が流れて、映画評論家となった私はついに東宝撮影所のサロンで、あの「初恋の人」にお会いできた。あつかましいことであるが、本多猪四郎監督の特撮映画にとどまらず、岡本喜八、福田純監督のアクション映画、成瀬巳喜男監督をはじめとするメロドラマ、そしてテレビドラマまでを射程に入れて水野さんの女優人生をめぐる思い出をトータルに書き留めておこうと思ったからだ。憧れの人との出会いにいくぶん緊張していた私は、お美しさご健在の水野さんのまるで気取らない、気さくなお人柄に一気に気持ちを解きほぐされてしまった。そしてまたあのいよいよ張りのあるお声で再現される撮影所での思い出の数々は、水野さんの意外な横顔もうかがわせつつ、全てに勢いと矜持があった昭和のよき時代の記憶を蘇らせるものだった(洋泉社刊『女優水野久美 怪獣・アクション・メロドラマの妖星』を参照されたい)。



 私はこの上梓に乗じて、銀座の映画館で「水野久美映画祭」と称して人気作からなかなか見られない異色作までを上映し、水野さんと満員のお客さんの前でトークをさせて頂いたが、そうこうしているうちにこのあいかわらず素敵な現在の水野久美さんのお姿を自分の手で愛をこめて銀幕に刻みたい、という無謀なる衝動が湧きたった。その映画『インターミッション』は水野さんはじめ33名のスターが私の呼びかけで、実際に耐震性の問題で取り壊しが決まった銀座の60年モノの映画館を舞台に「今どき失われた昭和っぽい無茶が満載の面白い映画を作ろう」と手弁当で集まってくださった異色の映画である。


 水野さんの役柄は、かつて広島で被爆した(らしい)実業家のマダムで、シネフィルのかわいい孫娘から映画館を作ってほしいとねだられているという設定。「おばあちゃんは放射能が怖いどころか、ゴジラみたいにガーッって放射能吐いちゃうから!」なんて痛快なオマージュの台詞もある。幸福感あふれる撮影現場では、水野さんの華やかさ、そしてたちどころに物語の磁場をつくる演技力に唸らされっ放しだった。


 それにしても三歳で出会った憧れの銀幕のスターと自伝を編ませて頂いただけでなく、自らの映画の女優となっていただく日が来ようとは、『フォレスト・ガンプ』の台詞を借りればまさに人生はチョコレートの箱のよう……であるのだが、こうして世紀をまたいでも水野さんのことを本にしたい映画にしたいと熱っぽくかき立てるものは、あの水野さんのあいかわらずの溌剌とした若さ、お美しさであり、そして何より水野さんが今もなお醸されている蠱惑的な〝銀幕の夢〞ゆえのことである。

撮影場所は、2013 年3月31日に惜しまれつつも閉館した「銀座シネパトス」。映画ファンたちに愛された映画館で、樋口尚文さんは客として通っただけでなく、さまざまな企画にも携わった。「水野久美映画祭」の上映もその一つだった。

みずの くみ
女優。新潟県三条市生まれ。小学生のころから演じることが好きで高校時代は演劇部に所属し演劇に熱中した。高校卒業後、俳優座養成所7 期生となる。1957 年松竹映画『気違い部落』で映画デビュー。その後東宝に入社、映画『マタンゴ』『怪獣大戦争』などで特撮映画のミューズとして国際的に人気を博し、現在も映画、テレビ、舞台で活躍中。映画『鰯雲』『若い娘たち』『密告者は誰か』『若旦那は三代目』『コタンの口笛』『ある日わたしは』『日本誕生』『独立愚連隊西へ』『顔役暁に死す』『妻として女として』『その場所に女ありて』『妖星ゴラス』『国際秘密警察』シリーズ『大盗賊』『血とダイヤモンド』『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』『恋は緑の風の中』『快盗ルビィ』『大誘拐』『ゴジラ×メカゴジラ』『ゴジラ FINAL WARS』『世界のどこにでもある場所』『百年の時計』、テレビ「雪燃え」「細雪」「真田幸村」「わが母は聖母なりき」「樅の木は残った」「八つ墓村」「気になる嫁さん」「人生劇場」「岡っ引どぶ」「鉄道100 年 大いなる旅路」「さよなら今日は」「だいこんの花」「おていちゃん」「たとえば、愛」「ぬかるみの女」「虹を織る」「二年B 組仙八先生」「妻の定年」「ノンちゃんの夢」「白鳥麗子でございます!」「水戸黄門」シリーズ「眠れる森の熟女」など多数の出演作がある。59 年の芸術座『今日を限りの』以来、舞台出演も多い。


ひぐち なおふみ
映画評論家、テレビドラマ評論家。1962 年佐賀県唐津市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。中学時代から8ミリ映画を制作し83 年にぴあフィルムフェスティバルに入選。85 年には初の映画評論集を出版。87 年に電通に入社、現在もクリエイティブディレクターとして活躍中。『ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ』『テレビヒーローの創造』『女優と裸体』『黒澤明の映画術』『大島渚のすべて』『「砂の器」と「日本沈没」70 年代日本の超大作映画』『「月光仮面」を創った男たち』『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70 年代の日本映画』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『万華鏡の女 女優ひし美ゆり子』『テレビ・トラベラー 昭和・平成テレビドラマ批評大全』などの著書がある。


1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.05
    雨の日に聴きたくなる「レイニーブルー」を歌った徳永...

    徳永英明「レイニーブルー」

  • 2024.12.03
    きわどい熟年女性の性愛表現から母の優しさまでフラン...

    『山逢いのホテルで』見どころ

  • 2024.12.03
    東京ステーションギャラリー「生誕120年 宮脇綾子...

    応募〆切: 1月20日(月)

  • 2024.12.02
    橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明の青春歌謡四天王...

    松竹青春歌謡映画のヒロイン 尾崎奈々

  • 2024.12.02
    大注目のボートレーサーが集結した「2025年 BO...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.11.28
    第5回【東宝映画スタア☆パレード】酒井和歌子&内藤...

    文=高田雅彦

  • 2024.11.28
    クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハ...

    クリスタルキング「大都会」

  • 2024.11.27
    第55回【萩原朔美 スマホ散歩】いまどきのカバン考...

    見事な自己表現!

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!