雑誌¿Como le va? vol.28 表紙・早田雄二写真シリーズ第8弾
新東宝から映画で女優デビューを飾ったが、池内淳子の女優としての花が開いたのはテレビの中であった。
通称〝昼メロ〞、昼のメロドラマの第1号とされる「日日の背信」に主演し、昼の放送ながら30%近い視聴率を記録し〝よろめき女優〞と呼ばれた。
さらには1877回続いた単発ドラマ時代の東芝日曜劇場最多出演を誇り、なかでも昭和40年に第1回が放送された「女と味噌汁」では味噌汁屋台を営むヒロインの芸者〈てまり姐さん〉を演じ人気シリーズとなり昭和55年まで38回放送された。
出演するテレビドラマがいずれも高視聴率番組となったことから〝20パーセント女優〞の異名をとるほどだった。
まさにテレビが生んだ大スターである。
数多くのテレビドラマで演出家として仕事をともにした鴨下信一さんが、池内淳子の女優の質に迫る。
手を抜かず、ほどが良く、
真実味の深い演技
文=鴨下 信一
スター全盛期の写真が見られるのが本誌の楽しみだ。今回は池内淳子さんだから〈和服の美〉が堪能出来よう。
和服というと、日本女性の〈隠す美しさ〉の代表のように言われる。守りの服装で、いわば〈鎧〉だ。しかし、池内さんに限っては〈刀〉、小太刀、短刀の類だろう。彼女にとって、和服は攻撃武器なのだ。
ずいぶん彼女の和服姿の作品を見てきたが、最高だと思われるのは映画『けものみち』の中のチラッと出る1カットだ。松本清張の原作は、人身御供同然に政財界の黒幕の老人の小間使いにされた女性の犯罪を描いたものだが、そのたぶん見落としそうな映像に、池内さんのうなじを下りて、そこからのぞく白い背中を映した映像がある。
それはおそろしく肉感的な、というよりいまふうに〝肉食女子〟といったほうがいい感覚で、いまでも鮮明に覚えている。和服には襟もと、胸もと、裾前、八つ口といくらも穴があり、手をつかえばすぐ二の腕が露呈し、足袋を脱げばすぐに素足の美があるし、腰臀のふくらみも外から容易に想像出来る。女性はそれをいくらでも武器に使える。浮世絵は女の武器のカタログのように見える。
この文の隣りには、池内さんの帯の着け終わりの写真が載るはずで、それはまるで女の出陣式のようではない か。
では池内さんは洋服は似合わなかったのか。絶対に他の女優さんの似合わなかった洋服が素敵に似合った。そ れはローブ・デコルテ、あの裾の長い 婦人の正式の夜会服で、「妻たちの鹿鳴館」(原作・山田風太郎『エドの舞踏会』)で着てもらった。伊藤博文夫人の役で、あの着こなしの難しい服がピタリと似合った。伊藤公夫人はもとは 馬関(下関)芸者で、気っぷのよさ、頭のまわること、気丈夫で鳴らした、なるほどてまり姐さん(代表作シリーズ 「女と味噌汁」の主人公)には似合うはずだ。
維新の元勲の夫人はたいてい元芸者で、若い頃の彼等志士に惚れ、貢ぎ、金銭 のみならず生命までも賭けた。彼女たちの写真はけっこう残っているが、その顔には殺気と色気が見事混交している。その色気のほうを抑えて成功したのが、単発長時間ドラマの代表作「女たちの忠臣蔵」の大石内蔵助の妻りくだ。
ぼくは、この日本中のス ター女優を総動員した大作の主人公ともいえる役の彼女の最大の特色はその〈眦〉(まなじり)にあった(たしか追悼文にもこのことを書いた)と思っている。〈眦を決する〉は決して男の決意の表情だけではない。吉良邸に討ち入る赤穂浪士の無事本懐を祈って雪の中で水垢離(みずごり)をとるりくの表情は、たしかに池内さんの、あの特色ある〈眼〉がなければ、あのような感銘を与えられなかったろう。
この稿を書きながらテレビを点けたら、旧い「女と味噌汁」をやっていた。モノクロだからずいぶん昔の再放送だが、芸者てまりの池内さんと奥さん役の河内桃子さん(この人もいいお嬢さん役者だった)の長い長い二人だけの対話シーン(芸者と家庭婦人のどちらが女の幸せかという実にありふれた主題の)、これが実に面白かった。女の真剣試合で脚本(平岩弓枝)もいいが、 二人の芸質がマジに凄いのだ。あの当時のホームドラマは一皮むけばシリアスな社会問題のディスカッションドラマなことがよくわかった。
洋服より着物の人。手をにぎったこともないけど好きだった。会うとこんどいつかデートしようかって言っていた。ぼくはいたずら的に「四畳半四畳半」って言っていた。四畳半のような小さなところで二人でお酒でも飲んでいたいというイメージだ。二人だけの隠語みたいなものです。──早田雄二(写真家)
池内さんの生真面目さは女優さんの中で群を抜いていたと思う。後年、重い助演者のポジションでよく出演してくれたが、その手を抜かず、しかもほどが良くて真実味の深い演技には感心するばかりだった。山本周五郎原作の「初蕾(はつつぼみ)」など、その最良のものといえよう。こんな池内さんをもっと見たいと思っていたのに逝ってしまった。
初めて逢った時、ぼくはADで池内さんにグリーン車ならぬ二等の切符(それほど昔のことだ)を渡したら 「えっ、テレビでは二等に乗せて頂けるんですか?」といわれたことをよく覚えている。所属していた新東宝が映画会社の中では早くにツブれて、以来この人は苦労を重ねてきたのだ。人柄はそのお蔭だろう。
いけうち じゅんこ
女優。1933年東京生まれ。日本橋三越勤務を経て新東宝入社、55年に映画『皇太子の花嫁』で女優デビュー。60年には主演したテレビの昼ドラ「日日の背信」が高視聴率を記録、人気女優となる。その後、最多出演を誇る東芝日曜劇場での「女と味噌 汁」シリーズをはじめ、出演ドラマがいずれも高視聴率を誇り〝20%女優〟 と呼ばれるテレビ女優ナンバー 1の地位を確立した。出演作に映画『東海道四谷怪談』『花影』『河のほとりで 』『社長 シリーズ 』『駅前シリーズ 』『台所太平記』『みれん』『甘い汁』『 けものみち』『沓掛時次郎 遊侠一匹』『女と味噌汁』 『新選組』『二人の恋人』『男はつらいよ 寅次郎恋歌』、テレビドラマでは「葛飾の女」「 おさん茂兵衛」 「しぐれ茶屋おりく」「魔笛」「紬の里」「夫婦」「雛の出会い」「母 の待人」「女たちの忠臣蔵」「花のこころ」「花 のひと」など多くの東芝日曜劇場、「波の塔」 「虹の設計」「ただいま11人」「青春の条件」「み かんきんかん夏みかん」「 つくし誰の子」「 かっこうわるつ」「 ひまわりの詩」「国盗り物語」「おだいじに」「白足袋の女」「出逢い」「妻たちの鹿鳴館」「明日はアタシの風が吹く」「女たちの百万石」「華やかな女たち」「和宮様御留」「ひらり」「天うらら」「春よ、来い」 「利家とまつ ~加賀百万石物語~」「初蕾」「弟」 「渡る世間は鬼ばかり」、舞台『天と地と』『おさん』 (菊田一夫演劇賞)『乱舞』『鳥影の関』『可愛い女』『女たちの忠臣蔵』『花のこころ 』『 お嫁に行きた い!!』『華岡青洲の妻』『細雪』『秋日和』『徳川の夫人たち』『三婆』『月の光』(2作 で菊田一夫演劇賞 大賞)『初蕾』『放浪記』など多数の出演作がある。 02年に紫綬褒章、芸術選奨、08年に旭日小綬章などの受賞・受章歴がある。10年9月26日死去。享年76。
かもした しんいち
演出家、エッセイスト。1935年東京生まれ。58年に東京大学文学部美術史科卒業後、ラジオ東京 (現・東京放送)に入社、現在TBSテレビ相談役。テレビに「天国の父ちゃんこんにちは」「 おんなの家」 シリーズ、「女 たちの忠臣蔵」「花のこころ」など 200 本以上手がけた東芝日曜劇場をはじめ、「岸辺のア ルバム」「幸福」「想い出づくり 」「 ふぞろいの林檎たち」「 源氏物語」「高校教師」「カミさんの悪口」「歸國」「終着駅~」「トワイライトエクスプレスの恋」など多数の演出作品があるほか、『向田邦子小劇場』 『華岡青洲の妻』『白石加代子の源氏物語』『白石加代子の百物語』『山口百恵引退公演』など舞台演出も多数手がける。また、『 テレビで気になる女たち』『忘 れら れた名文たち』『誰 も「戦後」を覚えていない』『日本語の学校』『名文探偵、向田邦子の謎を解く』『昭和十年生まれのカーテンコール』『昭和芸能史 傑物列伝』など多数の著書がある。2021年2月10日逝去、享年86。