さまざまな色の光を放つ女優
大女優といえば、杉村春子や山田五十鈴がそうであったように女優道を極めるために、芸の精進に人生を捧げる人たちがいる。浅丘ルリ子の立ち位置は、そことはまた違うところにあるようだ。役柄や作品への執着心というものが浅丘さんのなかには見当たらないのである。
「ないからいいのじゃないでしょうか(笑)。自分が決めるのではなくて、まわりの方たちがいい作品を選んでくださる。今まで出演した映画もテレビのドラマも舞台も全部そうですね。私自身以上に、周囲の方たちのほうが私の女優の部分をよくわかっていらっしゃるのだと思います。私は自分のなかのどこかにあるかもしれない求められるものをパーッと出すだけですね」
心のしなやかさからくる言葉とも受け取れるが、女優としての天賦の才を生まれながらにして備えもった選ばれた人だからこその言葉に違いない。
ジャーナリストでエッセイストの増田れい子さんは、かつてのテレビドラマ「座頭市物語」で瞽女(ごぜ)を演じた浅丘さんを「声のない場面を最高に演じきることの出来るまれな人」と評している。『ノートルダム・ド・パリ』で浅丘さんを舞台の世界へと導いた演出家の蝦川幸雄さんは「泉鏡花(の作品) を演(や)るために生れてきた女優」と語っていた。事実、浅丘さんは『草迷宮』『夜叉ケ池』『日本橋』など舞台で鏡花作品との縁が深い。演出家の久世光彦さんは、以前浅丘さん主演のテレビドラマを演出した際に「鮮やかな女優さんです。華麗な女優さんです。見る人を冷たくも妖しい雰囲気にいつか誘い込む、不思議な女優さんです。そして、見事に達者な女優さんです」と語っている。そして、今号の表紙で浅丘さんとご一緒願った作家の村松友視さんは、舞台『伝説の女優』を見て「踊りというジャンルで勝負しない踊りの場面、歌というジャンルで勝負しない歌の場面に、浅丘ルリ子ならではの特権的な領域を感じさせられた。それは、女優としての天性の肉体的条件と声の持ち主によってあやつられる手品という趣なのだ」とエッセイに書いている。
クリスタルが陽を受けさまざまな色の光を乱射させるように、見る人の中にそれぞれの浅丘ルリ子像を映し出す。このことは、女優としては「してやったり」の思いではないだろうか。ドラマ、映画、舞台というのは本来「つくりもの」であるはずである。女優・浅丘ルリ子は、銀幕であれ、舞台であれ、そのフィクションの世界において、見事に存在を証明してみせるのである。来年の新作舞台では、どのような夢を見せてくれるのであろうか……。
あさおか るりこ
女優。1955年に日活映画『緑はるかに』で主役デビュー。その後『銀座の恋の物語』『執炎』『愛の渇さ』『赤いハンカチ』『憎いあンちくしょう』などに出演し、日活映画全盛期のトップ女優となる。山田洋次監督『男はつらいよ』シリースでは旅回りの歌手リリー役で4作品に出演し、観客に最も愛されるマドンナとなる。近作には映画『木曜組曲』『博士の愛した数式』『早咲きの花』、テレビ「すいか」「川、いつか海へ」「大女優殺人事件」「セクシーボイスアンドロボ」などがある。蜷川幸雄演出『ノートルダム・ド・パリ』で初舞台を踏んで以来『にごり江』『恐怖時代』『欲望という名の市電』『日本橋』『濹東奇譚』『夜叉ケ池』『天井棧敷の人々』『西鶴一代女』『伝説の女優』『羅生門』『恋ぶみ屋一葉』『おかしな二人』『蜘蛛の巣』など数多くの舞台に出演。ゴールデンアロー賞大賞、ギャラクシー賞個人賞、キネマ旬報、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞の主演女優賞、テレビ大賞個人賞、都民文化栄誉賞、毎日映画コンクール田中絹代賞、日刊スポーツ映画大賞主演女優賞、菊田一夫演劇賞、紫綬褒章など、多数の受賞・受章歴がある。