22.12.26 update

憧れの有馬稲子様 俳優・藤本隆宏さんからのラブレター

文=藤本隆宏

2011年10月1日号 PERSON IN STYLE《美しいとき》より



有馬稲子という女優の中には「知性」と「情熱」という二つの言葉が見えてくる。
女優として自分自身を知るという客観性をもちながらひとたび、作品や役に入り込むとスクリーンからは女優熱ともいえる熱い思いが発せられる。
俳優・藤本隆宏さんは女優・有馬稲子さんの素の部分を知るお一人。
その藤本さんからすてきなラブレターが届いた。


前略
先日は久しぶりにお会いでき、とても嬉しかったです。
厳かな美しさは何も変わっていませんでしたし、凛とした響きのあるお声も、優しさにあふれる大き瞳も、全てそのままでした。
そして厳しいところ(笑)。誰にでも厳しい有馬さん。時に誤解されることもあると言って今がしたが、私は全然そう思いません。
だって有馬さんは誰にでも平等なんですもの。新人の俳優にも、どんなに偉い人にでも全て同じ様に接してくださる。裏表が全くない竹を割ったようなかっこよさがある。
そして誰よりも自分に一番厳しいところ。そんな有馬さんが大好きです。


そんな変わらない有馬さんに、つい緩んでいた襟を正し、私は駆け出しの頃の自分に戻っていましたが、なにか昔を思い出す喜びというのでしょうか、懐かしさというよりも、会いたかった昔の恋人に会っているようなそんな気持ちになり、胸がドキドキしてしまいました。
そのドキドキを最初に体験したのは、忘れもしません、Y高の松坂大輔投手の甲子園優勝、そしてベイスターズの38年ぶりの優勝目前で、横浜が熱く盛り上がっていた1998年の夏の終わりでした。
有馬さんに初めてお会いした、当時まだ20代だった私。舞台の稽古で忙しい時期にお時間を割いてくださり、ご自宅へ招いてくださったのです。
お会いしたというよりも、会っていただいたんですよね。人生に迷っていた私は、有馬さんの自伝『バラと痛恨の日々』を熟読していました。華やかに見える女優の人生にも、沢山のバラの棘で傷つくことがある。それに耐え、偲び、美しいバラの花を咲かせることが出来る。そんな有馬さんにお会いできるチャンスをいただき、事務所に入れていただけるよう嘆願したのです。
当時、「オフィス有馬」という、個人事務所をもっていらした有馬さんは
「私はあなたに何もしてあげられないし、こんな小さな事務所だけど、よかったらどうぞ」と言ってくださいました。


でもすぐに、有馬さんの次の出演作品の『リチャード三世』(蜷川幸雄演出)に推薦してくださったり、食べていけなかった私に、働き口として、たった一度しか番組でご一緒していない木原光知子さんにお手紙を書いてくださって、木原さんのスイミング・クラブでアルバイトをさせていただけるようになったり、時間があれば台本読みの稽古をつけてくださり、劇団で身についた癖を直すよう、徹底的に指導してくださいました。

「映画だと、名画座やDVDなどで若いころの私を観ていただけますが、舞台『はなれ瞽女おりん』は記録が撮られていなくて観ていただけないのがとても残念。」


そして「あなたは水泳と劇団しか知らないから、できるだけ沢山の人に会いなさい」と言って、舞台の演出家、テレビのプロデューサー、映画関係の方、とにかく仕事に繋がるような方々を惜しみもせず紹介してくださいました。結果はすぐには出ませんでしたが、貴重な花の種を有馬さんが蒔いてくださったおかげで、十年たって、小さな花ですがどうにか咲かせることが出来ました。この花を美しいバラのように育てることが出来るかは自分次第ですものね。有馬さんの背中を見て、追いかけ、これからもがんばってまいります。二人で写った初めての写真、大切に大切にさせていただきます。不一

プールで出会ったという有馬さんと藤本さん。藤本さんが役者志望と知るや、有馬さんは藤本さんのためにさまざまな場を用意した。そして、有馬さんはある役柄を想像する。それは「誠実と威厳をもって海に生きる男、海軍軍人の役だった」(有馬)。時は流れて、藤本さ
んはNHKのドラマ「坂の上の雲」で海軍中佐広瀬武夫を演じることになった。「私の直感もまんざら捨てたものではない」と有馬さん。そして「私もどんな役でもいいから出たかったのに」と。
撮影:渞忠之


ありま いねこ
女優。1948 年、宝塚音楽学校入学。49 年、宝塚歌劇団入団。娘役スターとして活躍。在団中の51 年に『宝塚夫人』で映画デビュー。同年『せきれいの曲』で初主演を果たす。以後、日本映画を代表する監督たちの作品に出演し銀幕のスター女優として活躍。代表作に、『浪花の恋の物語』『わが愛』『東京暮色』『彼岸花』『夜の鼓』がある。同時にテレビ、舞台でも数多くの作品に出演し、舞台『はなれ瞽女おりん』は80 年の初演から24年間、日本全国684 回の旅公演を果たした(88年に芸術選奨文部大臣賞)。そのほかにも『風と共に去りぬ』『奇跡の人』『越前竹人形』『巣』など多数の舞台出演作がある。ゴールデン・アロー賞、紀伊國屋演劇賞、芸術祭優秀賞、紫綬褒章、勲四等宝冠章など受賞・受章歴多数。最近では、『源氏物語』の朗読公演、語りの公演にも力を入れている。


ふじもと たかひろ
俳優。1970 年、福岡県北九州市生まれ。早稲田大学人間科学部卒業。88 年に高校生でソウルオリンピックに競泳選手として出場。89 年には200m・400m個人メドレー日本記録を樹立し、90 年北京アジア大会では同種目で日本人初の金メダルを獲得、92 年のバルセロナオリンピックでは200m個人メドレーで8 位入賞し同大会日本人初のファイナリストとなった。大学卒業後、劇団四季の研究生として俳優業をスタート。97 年『ヴェニスの商人』で初舞台を果たし、『キャッツ』などにも出演。退団後は『リチャード三世』『パンドラの鐘』『エリザベート』『シラノ・ザ・ミュージカル』『ふるあめりかに袖はぬらさじ』『イントゥ・ザ・ウッズ』『蜘蛛女のキス』など多数の舞台に出演。テレビドラマ「坂の上の雲」では海軍中佐広瀬武夫役を、「JIN-仁―」では西郷隆盛を演じた。


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