フィンランドの国民的画家・ヘレン・シャルフベックの物語、映画『魂のまなざし』 境遇にも時代の荒波にも負けずに貫いた創作への情熱

 東京藝術大学大学美術館で開催された『ヘレン・シャルフベック─魂のまなざし』展(2015年6月2日~7月26日)を観たのは、もう7年も前になる。

 フィンランドの国民的女流画家と言われるヘレン・シャルフベックであるが、それまで名前もその作品も全く馴染みがなかった。初めて観るヘレン・シャッフルベックの作品からは、自身を見つめたいくつもの自画像が印象的だった。印象派とか象徴派など一つのスタイルにとどまらず、常に新たな作風を追い続けた変遷を見たような気がした。ただ明るい太陽のもとで生き生きと育ったのではなく、鬱積した苦しみや怒り、悲しみを抱えたそんな人物像を想い観賞したことが昨日のことのようによみがえってきた。

 そのヘレン・シャルフベックの生誕160年記念として、1915年の53歳から、1923年の母親が亡くなる61歳までの時代を描いた『魂のまなざし─ヘレン・シャルフベック』が7月15日(金)よりBunkamuraル・シネマ他で順次公開される。

ビジュアルは、映画と同時代1915年にがヘレンが描いた代表的な自画像「黒い背景の自画像」を模し、ヘレンを演じた主演女優ラウラ・ビルンの姿に置き換えて描き下ろされた、映画のためのオリジナル作品を使用している。

 ヘレンを演じたラウラ・ビルンは、演じるにあたり、彼女の本を何冊も読み、フィンランドを代表する画家の一人から配色や絵の具の重ね方など学び芸術について議論を重ねる、そんな日々を約半年も送ったという。さすがに、フィンランドで最も成功している女優の一人と言われる役者さんだ。歩き方から、感情の起伏まで当時のヘレンを彷彿させた。

(C)Finland Cinematic

 この物語の主軸になっているのは、埋もれていたヘレンを美術界に復帰させた19歳年下のエイナル・ロイターとの交流である。年下の男性にたまらなく惹かれていく恥じらい、恋する喜び、そして苦悩を見事に演じている。彼の婚約にひどく傷つき、一時は体を壊し、感情をぶつけて描いた「自画像」は、死神のようであった。

 普通の男女だったらここで縁も切れるのだろうが、エイナルとはこの後も生涯にわたり友情が続き、ヘレンがエイナルに書いた1000通以上の手紙が今も残されているという。

 ヘレンの生涯は、4歳の時、階段から落ちて左腰に傷を負い、杖が必要な体になってしまったこと、23歳の時、婚約していたイギリス人の画家から一通の手紙で婚約を破棄され、53歳の時始まったエイナルへの恋心は実らなかったことなど、傍からみたら決して幸福であったとは言えなかったかもしれない。また、ヘレンが生きた時代は、 ロシア革命によるフィンランドの独立、その後の国内の内戦、晩年はソ連との戦争も勃発した。まさに激動の時代だった。そんな境遇の中でもひたすら描き、凛として生きたヘレンが生み出した分身のような作品は、一世紀を経ても色褪せない。そのわけが分かったような気がするのだ。きっとこの先も、多くの人々の心に残るに違いない。

ヘレン・シャルフベック(1862年7月10日~1946年1月23日)
フィンランドのモダニズム画家。そのスタイルは長い生涯において大きく変化する。アカデミックな写実主義のややメランコリックな作品からスタートし、最後は、絵の具そのものと不可思議な描写が完璧にバランスを保つ抽象的なイメージに到達した。彼女の誕生日7月10日はフィンランドにおいて絵画芸術を祝う国民の日に制定されている。

『魂のまなざし』

7月15日(金)Bunkamuraル・シネマ他にて順次公開
監督:アンティ・ヨキネン
出演:ラウラ・ビルン ヨハンネス・ホロパイネン クリスタ・コソネン エーロ・アホ ピルッコ・サイシオ ヤルッコ・ラフティ
配給:オンリー・ハーツ 

サントリー美術館様

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