23.04.19 update

森美術館開館20周年記念展「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」 現代アーティストの「教室」で未知との遭遇を体験する

 六本木ヒルズが誕生してはや20年。それとともに53階に位置する森美術館も開館20周年を迎え、記念の企画展「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」が4月19日(水)開幕した。本美術館の企画展で毎回感じるのは未知なる世界と遭遇する楽しみである。学問領域の研究者が「わからない」を探究することによって新しい発見や発明が積み重ねられていくように、現代アーティストが固定観念を打破するクリエイティブの探究は軌を一にするものがある。森美術館の現代アートと取り組んできた20年とは、まさに世界の「国語・算数・理科・社会」の「教室(クラスルーム)」を創出してきたことに他ならない。さて本展ではどんな未知との出会いがあるだろうと、わくわくして「教室」を訪れた。

 入り口には、これまでに展示を行ったアーティストやユニット名を出身地ごとに示した世界地図が目に入る。総勢約1,600組の名前が総覧されている。20年の積み重ねを感じる世界地図だ。

 会場は、現代アートを8つの教科「国語」「社会」「哲学」「算数」「理科」「音楽」「体育」「総合」と捉え、次から次へと非日常の世界に踏み込んでいく。それぞれの作品が個性的で、独自の物語をつくっている。各セクション複数の作品が展示されていて、観覧者によって好みも違うだろうが、心に残った作品をご紹介してみたい。

 本展のチラシで初めて目にした《フォロー・ミー》は、1966年中国黒竜江省生まれのアーティスト、ワン・チンソン(王慶松)によるものだった。西洋が中国に与える影響や中国の急速な近代化を皮肉やユーモアを交えて表現しているという。ワン本人が教師役で、背後の黒板には、英語と中国語で無数のことばが書かれている。タイトルの「フォロー・ミー」は、中国で1982年に放映が開始された英語教育のテレビ番組で、英語を学ぶだけではなく、西洋社会を垣間見ることができる人気番組だったそうだ。30年前の中国にもそんな人気番組があったのだ。「ナイキ」や「マクドナルド」のロゴ、机の上に置かれたコカ・コーラのボトルなど、中国社会が急激に欧米化していった象徴なのだろう。2008年の北京オリンピック開催が決定した翌年に制作されている作品だった。

 ここで、一つ「国語」を学ぶ。

▲ワン・チンソン(王慶松)《フォロー・ミー》2003年 所蔵:森美術館(東京)

 「社会」のセクションでは、畠山直哉による「陸前高田」の2011年の東日本大震災の様子を捉えた写真シリーズが印象的だ。流されて何もなくなってしまったところに咲いている黄色い花は菜の花だろうか。虹を捉えた作品もあった。失われたものはもとには戻らない。けれども、それでも傷はゆっくりと癒え、人生は続いていく。ベトナム戦争をテーマにした作品もあった。世界各地の歴史、政治、経済、アイデンティティにかかわる課題が取り上げられている。被災者や戦争の苦悩など、忘れてはいけない出来事があることを改めて認識する。

 「哲学」では、人間が生まれ、生き、そして死ぬということの全てに哲学は関係するが、美術も同様である。美術と哲学の関係をアーティストが表現した世界に誘われる。以前企画展の「STARS展」で出会った、宮島達男、李 禹煥(リ・ウファン)、奈良美智などの作品には、再び出会えた嬉しさがあった。宮島達男の作品は明滅するLEDのカウンターによって仏教的な死生観を表したという。

▲宮島達男《Innumerable Life/Buddha CCIƆƆ-01》2018 年所蔵:森美術館(東京)
撮影:表 恒匡 画像提供:Lisson Galler

 「算数」では、杉本博司のモノクロームの光と影のグラデーションによって造形美が際立っている作品《観念の形0010 負の定曲率回転面》は、壮大な世界観を表しているようだ。

▲杉本博司《観念の形 0010 負の定曲率回転面》2004年 Courtesy: ギャラリー小柳(東京)

 「理科」では、ナフタリンで作られた複数の靴からなるインスタレーションに驚いた。ナフタリンは常温で昇華するため、時間と共に靴の形はなくなってしまうが、再結晶することでどこかに存在し続ける。1974年生まれの宮永愛子は、本作を通して移ろう儚さよりも、変化しながらも見えなくなってもその場所に存在することの確かさを表現したという。

 「音楽」では、黒人女性を想起させる手の動きやサウンドに焦点をあてたマルティーヌ・シムズの作品。「体育」では競技が行われるスタジアムの建築的な特徴をあらわした作品もあった。そして「総合」のセクションでは、世界で最も注目されるアーティストのひとり、ヤン・ヘギョという作家を知った。作品はエネルギー問題、気候変動など世界のさまざまな事象を引用しているという。

 広い展示スペースには、映像、写真など様々な作品が登場してくる。現代アートを「難しい」「わからない」と避けてしまうのはもったいないのではないだろうか。何年後か、これらの作品が古典になる日があるのだろう。未知なるものとの出会いは豊かな体験だと思う。もう一度、入り口に戻って作品を見直すと、また新たな発見を見出す。本展の出展作品は約150点。そのうち半数以上が森美術館のコレクションだという。特にアジア出身のアーティストの勢いを感じさせ、元気のいい街、六本木から発する現代アートに接していると、自分も若やいだような気がして会場を後にした。

森美術館開館20周年記念展「 ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」
会期:2023年4月19日(水)~9月24日(日) 会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)会期中無休、日時予約制を導入。

映画は死なず

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