パレスチナVS.イスラエル、アラブ人VS.ユダヤ人という民族の対立の構図を頭に入れて鑑賞することをお勧めする。日本から対岸の火のように眺めていたが、70年余りにわたって平和なき地中海西岸の紛争は今日まで引きずっていたことを、本作を通して改めて知った。長い紛争の歴史がもたらす互いの憎悪と怨念は、時に若者たちを暴発させ怒りののしり合う。かくも憎しみは深いのか、その姿に慄然とせざるを得ない。
しかし、世界に起きている紛争の中でも最も解決が難しいと言われる地域にも、プロの音楽家を目指そうとする若者たちがいた。そして彼らを集めてオーケストラを結成し、平和を祈るコンサートが企画されたのだ。現実にはあり得ない物語に見えるが、実在の管弦楽団からインスパイアされて生まれたというから驚く。実在の楽団とは、現代クラシック音楽界を代表する巨匠指揮者ダニエル・バレンボイムと、彼の盟友の米文学者エドワード・サイードが、中東の障壁を打ち破ろうと1999年に設立した和平オーケストラ。ゲーテの著作のタイトルから「ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」と名付けられたその楽団には、二人の故郷であるイスラエルとパレスチナ、アラブ諸国から若き音楽家たちが集い、「共存への架け橋」を理念に、現在も世界中でツアーを行うなど活動を続けているという。
さて、この難しい企画を引き受けた世界の巨匠指揮者エドゥアルト・スポルク(ペーター・シモニシェック)は、まず100人規模のオーケストラを考えオーディションを始めるが、合格するのはイスラエル出身者ばかり。そこで20数人規模の室内楽団に変更を余儀なくされる。アラブ人とユダヤ人の均衡を図ったのである。オーディションに勝ち抜き、家族の反対や軍の検問を乗り越え、音楽家になるチャンスを掴んだ20余人の若者たち。しかし、戦車やテロの攻撃にさらされ憎み合う両陣営は激しくぶつかり合ってしまう。そこでスポルクは彼らを南チロルでの21日間の合宿に連れ出す。寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合い……少しずつ心の壁を溶かしていく若者たち。だがコンサートの前日、ようやく心を一つにした彼らに、想像もしなかった事件が起きる――。
このドラマを盛り上げるのは、名曲の数々である。若者たちの対立と葛藤、恋と友情を彩るのは、ヴィバルディの「四季」より《冬》、パッヘルベルの「カノン」など数々のクラシックの名曲に心を揺さぶられることは間違いない。敵対する若者たちが最後にたどり着く唯一無二の音楽は、イスラエル側のリーダー格でアラブ人に最も過激な敵対の視線を向けていたロン(ダニエル・ドンスコイ)が立ち上がり、ラヴェルの「ボレロ」を奏ではじめるとアラブ人のレイラ(サブリナ・アマーリ)がそれに応えるようにヴァイオリンを弾く。互いに拒絶していた20数人の協奏がラストを飾るのだ。もう涙が止まらない。
タイトルの「クレッシェンド」とは、「だんだん強く」を意味する音楽用語。憎しみ合う一人と一人の間に音楽を通じて芽生えた小さな共振が、10人、100人と輪を広げ、やがて強く大きく世界中に響く日が、いつかきっと訪れる。そんな祈りのようなメッセージがこめられている。「ボレロ」そのものであった。
監督:ドロール・ザハヴィ 主演:ペーター・シモニシェック 2019年/ドイツ/英語・ドイツ語・ヘブライ語・アラビア語/112分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:CRESCENDO #makemusicnotwar/日本語字幕:牧野琴子/字幕監修:細田和江
配給:松竹
公式サイト:movies.shochiku.co.jp/crescendo/