50年以上も前のマカロニ・ウエスタンをあれこれ言うつもりはない。でも、あの澄んだ口笛の『荒野の用心棒』、『夕陽のガンマン』(65、66、セルジオ・レオーネ監督)のテーマ音楽の旋律は忘れられない。映画の批評家でも評論家でもないただの映画ファンのボクが『ニュー・シネマ・パラダイス』(88、ジュゼッペ・トルナトーレ監督)を何度観たことか。シチリアの僻村の映画館を舞台にしたこの物語に、エンニオ・モリコーネの音楽がなかったら、DVDを取り寄せてまで繰り返し観ることはなかっただろう。
2020年7月、91歳で亡くなった巨匠エンニオ・モリコーネ。アカデミー賞には6度もノミネートされながら2015年『ヘイトフルエイト』(15、クエンティン・タランティーノ監督)で作曲賞受賞。そしてそれまでの全功績に対して名誉賞にも輝いているが、彼の辿った映画音楽への苦悩と葛藤が本作でついに明らかにされた。
1961年から500作品以上にのぼる映画とTVの作品の音楽を手がけたマエストロの回想をベースにしたドキュメンタリーが2023年1月、陽の目を見る。この伝説となった音楽家の生前5年余りかけた密着取材を許されたのは、ジュゼッペ・トルナトーレ! 何と『ニュー・シネマ・パラダイス』の監督である。本作でつまびらかになったように、映画音楽から室内楽の作曲にシフトしていたモリコーネは、『ニュー・シネマ・パラダイス』の依頼を一旦は断っている。だが、脚本を読み全く無名の新人監督の作曲を引き受けたのだ。アカデミックなクラシック音楽への道に拘泥しながら、映画音楽の芸術的地位への劣等感から何度か手を引こうと葛藤するが、トルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』によって開かれた新たな映画音楽のステージが始まったのだった。以来、二人の深い絆は揺るぎないものとなり、密着取材はトルナトーレでなければならなかった。
「商業音楽に魂を売った」とするクラシック音楽一辺倒の学友は、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84、セルジオ・レオーネ監督)の高い音楽的評価に脱帽して謝罪したエピソードも挿入。『ミッション』(86、ローランド・ジョフィ監督)では精魂込めた作曲だったが、確実視されていたアカデミー賞の受賞を逃し失望している。モリコーネの音楽が認められない時間をも、しっかりと捉えているのだ。「『ミッション』は彼にとって特別な作品だったから、認められなかったと知って、苦しんだことだろう。……だが彼の価値観は受賞が目標ではない」とトルナトーレは証言している。
スクリーンに登場する、クエンティン・タランティーノ、ベルナルド・ベルトルッチ、クリント・イーストウッド、ウォン・カーウァイ、オリヴァー・ストーン、ハンス・ジマー、バリー・レヴィンソン、ジョン・ウィリアムズ、ダリオ・アルジェント、テレンス・マリック、ブルース・スプリングスティーン、ジェイムズ・ヘットフィールド、ジョーン・バエズ、クインシー・ジョーンズほか70人以上の著名〝証言者〟のインタビューによって明かされるモリコーネの映画音楽の歴史と音楽的才能、偉業。希少な映像とともに、それぞれのコメントはメモする暇も与えず次々と展開されていきながら、その間も彼から生まれたメロディーとともに映画の名場面、懐かしいワンシーンがスクリーンに現出してゆく。モリコーネの遺した唯一無二の永遠のメロディーに胸が熱くなる音楽ドキュメンタリー映画は、157分の大作だ。
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』は、2023年1月13日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー 配給:GAGA ©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras
(文:村澤 次郎 ライタ―)