2024年2月10日、創立80周年を迎えた劇団俳優座。80周年の前後3年間(2023年4月~26年3月)を創立記念事業として「~伝統と革新の共生~」を基本理念に15公演の新作を上演している。創立記念事業2024年のラストを飾るのは、シェイクスピアの悲劇『リア王』を下敷きに大胆に翻案した『慟哭(どうこく)のリア』。男女逆転劇にも近い大胆な翻案で、原作の豊かなドラマ性をなぞりながらも、近代日本の闇を炙り出す作品として提示するという。
物語の舞台を1901(明治34)年、九州の架空の炭鉱町に置き換え、母と息子たち、そして彼らを取り巻く人間たちを描いた愛と葛藤の物語という仕掛け。「鉄は国家なり」という明治34年、富国強兵の時代。筑豊炭田にも官営八幡製鉄所の開業にともない大きな波が押し寄せる。一代で炭鉱を繁栄させた女主・室重セイ(=リア)は、時代を見据え、三人の息子たちに財産を分配しようとする。しかし、従順であった息子たちは、それぞれの夢と野望に目覚め、反旗を翻し始める……。
この秋は『リア王』の上演が相次いだ。本年読売演劇大賞の大賞を受賞した気鋭の演出家・藤田俊太郎は、これまで日本でほとんど上演されてこなかった、作家自身が生前に改訂したフォーリア版を河合祥一郎の新訳で舞台化した『リア王の悲劇』で女性たちの生きざまを明確に打ち出し、上村聡史は、オペラシアターこんにゃく座のオペラ『リア王』で、新鮮な演出と評判をとった。
今作『慟哭のリア』の翻案、上演台本、演出を手がけるのは、紀伊國屋演劇賞や読売演劇大賞など数々の受賞歴がある「劇団桟敷童子」の代表で、凝った舞台美術と社会の底辺で生きる人々を骨太で猥雑な群像劇として描くことに評判の高い劇作家・演出家の東憲司。自らが生まれ育った炭鉱町や山間の集落をモチーフにしたパワーあふれる舞台は、日本の演劇シーンでも異才を放っている。今作でも、家族の確執を丁寧に描き、排除される側、排除する側の倫理を掘り下げ、喪失と破壊をテーマに演出するという。また、明治時代を舞台化することにより、日本人は何を犠牲にし、何を得たのかを明確にすることを目指すとも。戦争の矛盾、個と社会、人間と大自然との対立を際立たせるため、群衆シーンを誇大化し、エネルギッシュな表現を見せる。
そして、この物語の主人公リアである、炭鉱の女主・室重セイを演じるのは、10月に92歳を迎えた岩崎加根子。研究生候補から1949年に養成所設立とともに第1期生となり、52年の卒業と同時に俳優座に入団、在団歴72年で現在は劇団代表を務める。7月にも『戦争とは…』で舞台に立った。おそらく「史上最高齢のリア」だろう。ちなみに72年に千田是也演出で東野英治郎がリアを演じた『リア王』ではリアの次女・リーガンを演じていた。今作は、老朽化などから2025年4月に閉館が決まっている俳優座劇場での劇団にとって最終公演となる。俳優座劇場を立ち上げから見届けてきた岩崎加根子にとっても、今回の舞台への想いはひとしお深いことだろう。
シェイクスピアと東憲司と岩崎加根子という新鮮かつ、大いなる意欲を感じさせる組み合わせ。見事な挑戦であり、まさしく〝伝統と革新の共生〟と言えよう。演劇界の一つの歴史に、また幕が下りようとしているが、岩崎加根子の芝居にかける情熱からは、演劇の新たなる章の幕開けすら感じさせられる。
築地小劇場開場100周年・劇団俳優座創立80周年・俳優座劇場創立70周年記念事業『慟哭のリア』
原作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
翻案・上演台本・演出:東憲司
出演:岩崎加根子/阿部百合子/片山万由美/川口啓史/森一/渡辺聡/瑞木和加子/斉藤淳/荒木真有美/小田伸泰/野々山貴之/田中孝宗/山田定世/増田あかね/松本征樹/稀乃/山田貢央/関山杏理/丸本琢郎/近藤万里愛
〔公演日程〕11月1日(金)~11月9日(土)
〔会場〕俳優座劇場(東京都港区六本木4-9-2)
〔問〕劇団俳優座 03-3405-4743/03-3470-2888(10:30~18:30土日祝除く)