散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第34回 2023年2月27日
まるで水墨画の滝のような滲みが描かれた塀がある。雨が生み出したものだ。朦朧体を思い出してしまう。
何軒かの塀を写しているうちに、塀は大きな画布なんだと思った。雨だけでなく、人や車が付けた傷、ボールをぶつけた跡などの抽象絵画風もある。
しかし、なんと言っても滝だ。道が美術館に変貌する。
だから、私は雨が降ると、街中に滝が出現する映像が浮かんでしまう。その湧き上がるイメージは壮観だ。都会に住む人間は、滝壺の中に生息している生き物なのだ。滝を仰ぎ見て、もっとひっそりと生きなければならない。そこで、この雨の水墨画を「名瀑跡」と名付けた。(笑)
以前、枯れた滝を見た。露出した岩肌の表情に迫力があり、それなりに魅力があった。廃墟、空き家、枯れた河川。そういう光景に出会うと撮影してしまう。何故か惹かれるのだ。
文明はたった100年で消滅する、という説を読んだ事がある。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、アーツ前橋アドバイザーを務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。