散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第41回 2023年9月19日
薬屋さんを何軒も探し回った日々がすでに懐かしい。まさか自分の生涯でマスクを求めてウロウロ歩き回る時が来るとは思ってもみなかった。
100年前のスペイン風邪の時も、やはりマスク着用が奨励されたという。
スペイン風邪は、約3年で終息。コロナと同じだ。そして、終息して3年後に関東大震災に見舞われた。同じ事が今回も繰り返すのだろうか。
落ちているマスクが気になり始めたのは2021年。撮影を始めたのがその年の6月。何故か道路に放置されたマスクは白が多かった。捨て去る事で、何か決意表明でもしているのだろうか。
今回のマスク体験で変わったことは、黒のマスクに対する違和感がまったく払拭されたこと。マスクを外すと別人になる人がいる事。マスクをかけ続けることによって、匿名性に逃げ込める快感の発見。そんなところだ。まるで芸能人のように、マスクを外せなくなってしまう人が、今後沢山出てくるに違いない。しかし、マスクという個室に逃げ込んでも、その個室は、故郷の部屋にはならないだろう。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。