散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第49回 2024年5月27日
初めて降りた駅の改札口を出る。
顔を上げると、目の前に一本の樹が客を迎えるように立っている。あの感じが好きだ。ホテルのベルボーイのような感じ。家族が出迎えに来ている感じ。殺風景な光景の中にあって、唯一の憩いの絵柄だ。丸い時計塔や、その地域の偉人や著名人の銅像、あるいはキャッチコピーのようなものを掲げた駅前広場があるけれど、やはり、すっと立ってあたりを睥睨している孤高の樹が、何と言っても一番気分を和らげてくれる。
きっと、駅舎とその周辺をどうするのかの会議で、誰かが提案して、賛同を得た結果だろう。
「夏は木陰で休めるし、冬はイルミネーションで装飾しましょう」
と発言したに違いない。
都会は、駅舎が高架になってビルしか見えない。せめて、高架の床に穴を開け、樹の頭が空を目指せるようにしてもらいたい。
下車した人間が最初に出会う風景。それをデザインするのも鉄道の仕事だと思う。
最近は、郊外の駅前広場に樹があると、懐かしい旧友に出会えたように嬉しくなって、思わずシャッターを押してしまうのだ。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。