散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第52回 2024年8月28日
無用になったけれど、捨てられない物がある。
両手が腱鞘炎になったので、ネジのワインオープナーが使えなくなった。仕方なく電池で開けるタイプを買った。俄然楽になった。だけど、ネジタイプが捨てられない。
散歩していて、いつもその破棄できないものがあることを思い浮かべる。屋根のテレビアンテナが目につくからだ。屋根に登ってわざわざ撤去するのも大変なので、そのまま放置というのが実情かも知れない。事実私もそうしていた。
しかし、放置された無数のテレビアンテナを目撃すると、なんとなく愛しさが湧いてくる。いまだに、どこからかやってくる電波を待ち続けているように思えてしまう。忠犬ハチ公を連想してしまうのだ。
だから、私は、けなげに一方向に立っている姿を見かけると、「ハチ公!頑張れ!」と声を掛けてすぐレンズを向けることにしている。テレビアンテナの遺影を残すためである。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。