散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第29回 2022年9月26日
子供の頃は、アスファルトの道が少なかった。家の周りは大抵砂利道。たまに砂利すらない小道もあった。雨の日はぬかるみ、晴れたら土埃。だけど、鉄板の上を歩いているような反射熱が足元から迫り上がってくる事はなかった。
砂利道が遊園地に変わるのは雨上がりだ。水たまりが出現する。水たまりは遊具だ。両足を揃えてジャンプ。時に三段飛びの選手のように助走をつけて着地。派手に泥水の噴水が発生した。
たまに、桜の花びらが小舟のように浮かんでいたり、あめんぼうがスイスイとスケートをしていたりすると、大人しく眺めたりした。
大人になってからの水たまりは、太陽光を反射させる装置だ。映像表現には貴重な小道具なのだ。
数年前、“携帯水たまり”を作った。ひょうたん型で道に置いて水を注ぐと出来上がり。あちこちの道路に置いて、反射する太陽を撮影した。どんどん楽しくなった。それは、アスファルトが砂利道に変わってきたからだった。
撮影が終わっても、“携帯水たまり”は、まだ、私の机の上にある。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、アーツ前橋アドバイザーを務める。