散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第31回 2022年11月28日
誰も座っていないベンチを見かけると、つい撮ってしまう。そこに誰が座り、どんな事が起こるのだろうか。勝手に物語を描いてしまう。
オルビーの「動物園物語」のように、惨劇の舞台になるベンチもあるだろう。
映画『ネバ―ランド』のラストみたいな、大事な、切ない会話が交わされるベンチもあるに違いない。
いつだったか、撮影していたベンチに老婆が座った。地面をじっと見つめて動かない。つい見ていたら、悲しくなってきた。先立った人に話しかけているのではないか。ベンチは現代の仏間。そう思えてきたのである。
私は現在6ケ所のベンチを定点観測撮影している、落ち葉が舞い散るベンチ。樹の影を映すベンチ。真っ白な雪化粧のベンチ。撮っていると、ベンチが誰かをじっと待ち続けているように見え、いじらしくなってくる。だからか、撮影がやめられないのである。観察は優しさの出発駅かも知れない。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、アーツ前橋アドバイザーを務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。