続いては、〈Bパターン〉の際たる例で、これが意外や意外、黒澤明渾身の作『生きものの記録』(55年)となる。
かの傑作アクション時代劇『七人の侍』(54年)の直後に、こうしたメッセージ性の強い社会派現代劇を持ってくるあたりは、さすが娯楽性とテーマ性を併せ持つ作家・黒澤明。原水爆の恐怖をテーマにしているのは、盟友・本多猪四郎の『ゴジラ』(54年)にも通じ、原水爆実験が繰り返されたこの時代ならではのものだ。今、世界で原発事故が繰り返され、戦争に原発が巻き込まれるという危機的状況を見るにつけ、この二本のメッセージ映画の重要度はひときわ高まる。
本作では、主人公の老人・中島喜一(三船敏郎)が経営する鋳物工場が、東宝撮影所内のオープン用地につくられている。家族にブラジル移住を認めさせるため、中島自ら放火して工場は全焼。焼け焦げた工場の正面に見えるかまぼこ型の建物は、まさに見慣れた東宝第8ステージである。すると工場のセットは、現在の「ポストプロダクションセンター1」(旧録音センター)の辺りに設けられたことになるが、今訪れても、ここにあの巨大工場がつくられたとは想像もできない(註2)。出来たばかりのステージ(55年3月竣工)の壁に汚しを入れた美術監督の村木与四郎氏は、会社から相当絞られたとのことだ。
ちなみに、『七人の侍』撮影時には、撮影所内を流れる仙川を巧みに利用した豪農の家や野武士の山塞、そこに至る岩場などが設営。川を南に下った大蔵では、川辺の農地(のちに大蔵団地となる)に決戦場となる村のセットがつくられている。
(註1)実際の第五回東宝ニューフェイスの合格者は、平田昭彦、青山京子など。
(註2)これも、仙川が今とは大違いのスケール(まさに普通の小川)だったことが大きく、スチール写真を見ても、川の存在は確認できない。『七人の侍』で、菊千代、久蔵、平八らが野武士の山塞を急襲するときに通る岩場のセットも、当センターの辺りにつくられている。
たかだ まさひこ
東宝映画・日本映画研究家。1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)。5月には成城で、三船敏郎に関する映画セミナー(上掲)を開催する。