ポニーキャニオンからアミューズに移り、しばらくしてテレビ朝日のプロデューサーから連絡があった。2002年の9月頃だが、当時の「金曜ナイトドラマ」(23時15分スタート)の視聴率が悪く、10月から制作費の事情もあり、韓国ドラマ「イヴのすべて」を放送すると言う。目の付け所はとても良いが「冬のソナタ」放送の前年で〝早すぎた韓流ドラマ〟とも称され、視聴率は惨敗。このまま行くと、この枠はドラマ枠からバラエティ番組枠に変更になるかもと。2003年1月ドラマの結果如何……との話があり、現状2~3%の数字を2桁に近づけるような企画を是非! という話に。
2003年1月スタートで3月までの放送。企画もキャストも任され、「アナザヘヴン」のこともあったので、視聴率を獲ることを一番に考えてみた。
連続だが、1話完結もの。連続ドラマのディレクターはあまり知らないので、映画監督で、と決めた。昔、大好きだった「傷だらけの天使」(1974)も深作欣二、神代辰巳、工藤栄一ら錚々たる監督連。「探偵物語」(1979)も村川透、澤田幸弘、長谷部安春監督らでやっていた。
アミューズに来て最初に製作したのが『Jam Films』で、もう一つが[DUEL PROJECT]として『2LDK』(堤幸彦監督)と『荒神』(北村龍平監督)だった。北村監督の『ヴァーサス』等(2000)が好きで、その頃、時々会っていたが、たまたま彼から映画の企画として「面白いですよ」と渡されたのが2冊の漫画『スカイハイ』(高橋ツトム原作)だった。彼の企画力というかアイデア、発想は溢れんばかりで、会う度にストーリーを面白く語ってくれる。
1月放送スタートのドラマは遅くとも、12月初旬には撮影を開始しなくてはならない。普段、そんなに漫画は読まないが、この2冊は一気に読んだ。面白くて、中身が深い。テーマも良い。読んだ瞬間に、これで行こう! と。というより、企画をじっくり考える時間は持てなかった。もう10月で、キャスティングも本来であれば遅すぎる。
その頃、言い方は良くないが、なかなかテレビ朝日のドラマにトップスターが出演してくれることはなかった。しかも深夜帯ドラマ。
2か月弱の間で、シナリオ制作、スタッフ、キャストを決めなくてはならない。視聴率2%の枠を10%に近づけるのは至難の業である。
案の定、主演が決まらなかった。アミューズには深津絵里さんらスター俳優が所属していたが、ハードルは高い。
北村監督とも相談し、監督陣は固まっていく。1・2話目は、映画でもご一緒した中原俊監督、そして麻生学、鶴田法男、篠原哲雄監督の面々。北村監督は映画『あずみ』の撮影と重なっており、難しいと思ったが、ラストの10話目は「自分がやんなきゃ!」ということになった。脚本家も良い人たちが4人参加してくれた。
脚本も進み、東映大泉撮影所にセットも組み……11月を迎え、いよいよ主演キャストを……と。