24.09.03 update

第16回【私を映画に連れてって!】 十代の宮﨑あおいが三億円強奪事件実行犯を演じた『初恋』と、山田孝之主演で東野圭吾原作小説を映画化した『手紙』

 そもそもは大沢たかおさんからの一本の電話だった。本屋からだったと思うが、背表紙が『初恋』(リトル・モア刊)なのに中身が3億円事件(1968年12月10日に起こった未解決事件)の話で、実行犯が女子高校生だという。まず惹かれたのは、僕の10歳の誕生日の朝に起こった事件で、学校でも、近所でもその日はその話題で日本中が騒然となり、僕の誕生日どころではなくなった記憶だ。

 早速読んでみた。「大沢たかお」が出演できそうな役はなかったが、彼とは色んな企画の話をしていた時期なので、ネタの一つとして教えてくれたのだろう。著者は「中原みすず」となっていたが、もちろんペンネームだ。冒頭で自身が実行犯であることを告白している。事件からもうすぐ半世紀。とっくに時効(1975年12月10日)は過ぎているが、ヘルメット姿の男のモンタージュ写真の印象が残っているだけだ。10万人以上の重要参考人リストはあるが。

 映画の企画として秀逸だと感じたのは、実行犯のモンタージュ写真に引きずられ、「男性」限定の捜査であったことの盲点だ。しかも女子高生。『セーラー服と機関銃』ではないが、ヒロインとのギャップ感が良い。初見ではフィクションの要素がやや大きいと思っていた。ところが事件自体はノンフィクションであり、当然、当時の関係者で生存している人も多い。そして事実であるとすれば、半世紀近くも会えなくなってしまっている著者の恋人に向けての悲痛な手紙のような気持ちがした。彼に、この気持ち(今も待ち続けている)が、どんな形であれ届きますように、という願いから本を書いたのではないかと。

 映画化しようと決めた時、まだアミューズにいて、映画撮影をやっている現場に宮﨑あおいさんの事務所から連絡があり、羽田近くのビル上の現場にマネージャーがやってきた。

「宮﨑あおいが是非、女子高生の役をやりたいんです!」と。

 僕が原作に出会う前に、16歳の彼女は本を買い込み、いろんな人に働きかけていたと言う。しかも、大型バイクに乗るシーンがあるため、免許も取得したと。初めて会った時は19歳で「何年か後ではなく、10代の気持ち、去年まで高校生だった自分でやってみたい」と。「誕生日は?」「11月30日で二十歳です」「じゃあ、10月にクランクインしよう」……この辺の記憶はあいまいだが、10月に撮影を開始した。彼女の10代ラストの映画になった。

 彼女の映画にかける気持ちには頭が下がったが、その後、著者に会った時に彼女は確信したのかもしれない。著者の10代の「青春」に自分を照らし合わせるように。

 著者が本当の実行犯かどうかの詮索はしなかった。ただ、当時の「彼」(著者の恋人で大学生で主犯)の仲間たち、知人らには取材は行った。知らない事実が続々と登場した。彼は当時、東大の学生で、この事件の1か月後(1969年1月18日)、東大安田講堂占拠事件が起きる。そんな時代だった。

 映画が完成し、原作者(当時55歳前後か)に密かに観てもらった。鑑賞後、宮﨑あおいさんは(僕もだが)、涙を流す彼女と映画の話をしながら、ある確信に至ったかもしれない。

 僕には、あまりに悲しくて、やるせない恋愛物語の映画化になった。

『力道山』(2004)を創ったときにも感じたが、情報は、真実は、どこかで封印されたままのことがあるものだと……。

▲映画『初恋』は、2005年11月5日にクランクアップした。主演の宮﨑あおいは、1985年11月30日生まれだから、10代最後の作品となった。『初恋』が公開された2006年は、宮﨑あおいはNHK連続テレビ小説「純情きらり」のヒロインを演じている。それまでオーディションでヒロインは選ばれていたが、宮﨑はオーディションではなく、NHKからの直々のオファーによりヒロイン役に決まった。2008年には放送開始時の年齢が歴代最年少での主役となった大河ドラマ『篤姫』で、堂々たるヒロインを演じ切った。

1 2 3 4

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!