22.06.28 update

第16回 黒澤映画『生きる』と成城、祖師ヶ谷大蔵の意外な関わり Vol.2

1932年、東宝の前身である P.C.L.(写真化学研究所)が
成城に撮影用の大ステージを建設し、東宝撮影所、砧撮影所などと呼ばれた。
以来、成城の地には映画監督や、スター俳優たちが居を構えるようになり、
昭和の成城の街はさしずめ日本のビバリーヒルズといった様相を呈していた。
街を歩けば、三船敏郎がゴムぞうりで散歩していたり、
自転車に乗った司葉子に遭遇するのも日常のスケッチだった。
成城に住んだキラ星のごとき映画人たちのとっておきのエピソード、
成城のあの場所、この場所で撮影された映画の数々をご紹介しながら
あの輝きにあふれた昭和の銀幕散歩へと出かけるとしましょう。

 今回は、黒澤映画の傑作『生きる』(52)と成城、祖師ヶ谷大蔵の意外な関わりの第二回目。映画の舞台を特定することが少ない黒澤明監督だが、いくつかのスタッフによる証言も残っており、よくよく画面に目を凝らせば、ロケ現場の痕跡がわずかに残っていることもある。

 胃癌で余命半年と知り、生きる目的を失った渡辺勘治(志村喬)は、居酒屋で酒を飲むくらいしか気を晴らす術を知らない。脚本で「メフィストテレスみたいな」と表現される小説家(伊藤雄之助)と出会う、居酒屋「ひさご」は、内部こそ撮影所内に設けられたセットで撮られているが、角筈(旧淀橋区、現在の新宿)の停車場をモデルにしたというその外観セットは、驚くなかれ、東宝撮影所旧正門脇に住む大道具担当・H氏(註1)の自宅脇に造られたものであった。

「ひさご」のオープンは、下掲写真の右手突き当りにある二階建て家屋の脇に造られ、電車の線路はやはり右側の植え込み部分に設えられた。写真手前は撮影所の正門(右奥が噴水と第1&第2ステージ)だったところとなる。これも村木与四郎氏の証言により判明したものだが、筆者は当地に現在もお住まいのH氏の奥様とお嬢様に聞き取りを敢行。当該写真をお見せしたうえで、フィルム画像に写る「ひさご」の二階部分は、確かにかつてのH邸のものとの回答を得た。ご自宅をセットに改造してしまった方など、Hさん以外には絶対にいらっしゃらないだろう。映画では一瞬しか映らないが、かなりしっかりと作り込まれたロケセットで、黒澤映画の美術へのこだわりがよく見て取れる。

映画本編と見比べていただければ、「ひさご」の外観が当地で撮影されたことは明らか。道(旧世田谷通り)の先にあるのは『青い山脈』のロケ地となった砧小学校。右手は東宝のテナント・ビル 撮影:岡本和泉
昭和20年代の東宝撮影所全景。旧正門前には広場、左手にはH邸が確認できる。正門右手にはバス(当時は渋谷と「東宝前」停留所を往復していた)の折り返し所がある 写真提供:東宝スタジオ(株)

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.07.27
    泉屋博古館東京「昭和モダーン モザイクのいろどり ...

    応募〆切:8月27日(火)

  • 2024.07.25
    3度目の挑戦で俳優座養成所に合格した田中邦衛は、『...

    大きな垂れ目と、巻き舌の話し方が独特だった

  • 2024.07.25
    夜明けのコーヒー、二人で飲もう…夏が来ると思い出す...

    作詞・岩谷時子、作曲・いずみたくの名曲

  • 2024.07.22
    昭和39年、純愛ドラマの先駆けとなった東芝日曜劇場...

    純愛ドラマ「愛と死をみつめて」のミコ役でトップ・スター

  • 2024.07.18
    ちあきなおみ版が複数のCMに起用されスタンダード・...

    永六輔と中村八大の「六・八コンビ」による〝黒い〟シリーズ第2弾

  • 2024.07.17
    老いが追いかけてくる ─萩原 朔美の日々   

    第19回 キジュからの現場報告

  • 2024.07.17
    [ロマンスカーミュージアム]の夏休みイベントは親子...

    7月17日(水)から

  • 2024.07.17
    <自然災害から身を守るPart2> 大型台風、暴風...

    大型台風、暴風の季節に備えて

  • 2024.07.16
    世界中の映画祭を席巻した、メキシコの新鋭監督の『夏...

    応募〆切:8月4日(日)

  • 2024.07.16
    山梨県立文学館開館35周年の特設展は「文学はおいし...

    7月13日(土)~8月25日(日)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!