第16回 黒澤映画『生きる』と成城、祖師ヶ谷大蔵の意外な関わり Vol.2


成城シネマトリビア─語り継ぐ映画村─

文:高田 雅彦


1932年、東宝の前身である P.C.L.(写真化学研究所)が
成城に撮影用の大ステージを建設し、東宝撮影所、砧撮影所などと呼ばれた。
以来、成城の地には映画監督や、スター俳優たちが居を構えるようになり、
昭和の成城の街はさしずめ日本のビバリーヒルズといった様相を呈していた。
街を歩けば、三船敏郎がゴムぞうりで散歩していたり、
自転車に乗った司葉子に遭遇するのも日常のスケッチだった。
成城に住んだキラ星のごとき映画人たちのとっておきのエピソード、
成城のあの場所、この場所で撮影された映画の数々をご紹介しながら
あの輝きにあふれた昭和の銀幕散歩へと出かけるとしましょう。

 今回は、黒澤映画の傑作『生きる』(52)と成城、祖師ヶ谷大蔵の意外な関わりの第二回目。映画の舞台を特定することが少ない黒澤明監督だが、いくつかのスタッフによる証言も残っており、よくよく画面に目を凝らせば、ロケ現場の痕跡がわずかに残っていることもある。

 胃癌で余命半年と知り、生きる目的を失った渡辺勘治(志村喬)は、居酒屋で酒を飲むくらいしか気を晴らす術を知らない。脚本で「メフィストテレスみたいな」と表現される小説家(伊藤雄之助)と出会う、居酒屋「ひさご」は、内部こそ撮影所内に設けられたセットで撮られているが、角筈(旧淀橋区、現在の新宿)の停車場をモデルにしたというその外観セットは、驚くなかれ、東宝撮影所旧正門脇に住む大道具担当・H氏(註1)の自宅脇に造られたものであった。

「ひさご」のオープンは、下掲写真の右手突き当りにある二階建て家屋の脇に造られ、電車の線路はやはり右側の植え込み部分に設えられた。写真手前は撮影所の正門(右奥が噴水と第1&第2ステージ)だったところとなる。これも村木与四郎氏の証言により判明したものだが、筆者は当地に現在もお住まいのH氏の奥様とお嬢様に聞き取りを敢行。当該写真をお見せしたうえで、フィルム画像に写る「ひさご」の二階部分は、確かにかつてのH邸のものとの回答を得た。ご自宅をセットに改造してしまった方など、Hさん以外には絶対にいらっしゃらないだろう。映画では一瞬しか映らないが、かなりしっかりと作り込まれたロケセットで、黒澤映画の美術へのこだわりがよく見て取れる。

映画本編と見比べていただければ、「ひさご」の外観が当地で撮影されたことは明らか。道(旧世田谷通り)の先にあるのは『青い山脈』のロケ地となった砧小学校。右手は東宝のテナント・ビル 撮影:岡本和泉
昭和20年代の東宝撮影所全景。旧正門前には広場、左手にはH邸が確認できる。正門右手にはバス(当時は渋谷と「東宝前」停留所を往復していた)の折り返し所がある 写真提供:東宝スタジオ(株)

 加えて、ストリップ・ショーに興奮した渡辺が車に轢かれそうになる〈歓楽街〉が、撮影所内にあったパーマネント・オープン「東宝銀座」で撮られたことにも驚かされる。その後、住宅展示場となり、現在ではマンションが建ってしまった当 ‶所内オープン〟では、クレージー映画『ニッポン無責任野郎』(62年)や『クレージー作戦 くたばれ!無責任』(63年)だけでなく、東宝現代劇における多くの銀座=繁華街シーンが撮影されているが、黒澤が使うとまるで違う歓楽街に早変わりするから不思議だ。黒澤映画では本作の他、『天国と地獄』(63年)で横浜の伊勢佐木町(犯人の山崎努と権藤役の三船敏郎が出会う)として登場。〈黒澤マジック〉の成せる業か、これもまったくセットには見えない。

 さらに特筆すべきは、祖師ヶ谷商店街ロケの事実である。歓楽の限りを尽くしても、虚しさだけが残る渡辺は、翌朝、自宅への道をとぼとぼと歩く。役所を無断欠勤しての朝帰りである。そこに部下の小田切とよ(小田切みき)が現れる。玩具工場の仕事に就くため役所を辞めたいとよは、辞表に判をついてもらうため、わざわざ渡辺の家を訪ねてきたのだ。ただ、映画の画像からは、ロケ地が祖師ヶ谷であるという明確な証拠は見出せない。

 筆者は自著『成城映画散歩』を出版するにあたり、東宝作品の画像を管理する部署「TOHOマーケティング」で、多くの成城ロケ作品の画像を見させていただいた。すると『生きる』のスチールには、フィルムでは見られない撮影現場の様子がたくさん写り込んでおり、上記のシーンはオープンセットではない本物の商店街、祖師ヶ谷大蔵駅から歩いて1分程の場所で撮影されたことが分かった(註2)。

 判をもらった帰り道、とよの靴下に穴が開いていたことに気づいた渡辺が、靴下を買い与える「ねもと洋装店」や画面に写る「三河屋酒店」、「吉田ラジオ商会」、「くだもの清水(屋号は清水屋)」、「酒井油店」、「村田園(茶店)」などが、実際に祖師谷大蔵駅前商店街にあるお店だったことは、昭和30年代の〈親栄会商店街大売出し〉チラシ(下掲図表:註3)からも明らか。「三河屋」については、二人が歩く小径に停まっていた自転車にも、店名が書かれてあったほどのこだわりようを見せている。封切当時、こんなことに気づく観客は皆無だったに違いないが、こうした些細なことにこだわるのが黒澤組。ここに本編画像をお示しできないのが残念だが、スチールと集合写真には祖師ヶ谷大蔵駅が写り込むものもあり、黒澤明による意外な祖師谷ロケの事実(但し、街の名前は登場しない)が証明されたことには、大いに感謝せねばならない。

 ちなみに、同所では左幸子主演の『若き日のあやまち』(52年:野村浩将監督/新東宝)や、小林桂樹が出た『天才詐欺師物語 狸の花道』(64年:山本嘉次郎監督/東宝)のロケも行われている。

志村喬と小田切みきが出くわすロケ地(現ウルトラマン商店街)の現在。左奥には円谷英二の自宅(円谷特殊技術研究所)があった 撮影:神田亨
映画に写る小田急バスは、実際にこの商店街を対面走行していた(写真は烏山行き)
撮影当時の店が確認できる貴重な〈大売出し〉チラシ 画像提供:春山啓子氏
当時の祖師谷大蔵駅。踏切を渡ると、そこは「東宝通り商店街」だった 写真提供:小田急電鉄株式会社

(註1)H氏は、東宝撮影所で『生きる』、『七人の侍』、『椿三十郎』などの黒澤作品、巨匠・稲垣浩の数々の時代劇、それに東宝戦争映画のセットなどを建て込んだ大道具係。中でも白眉は、ご自身の経歴(中島飛行機に勤務)を生かした『太平洋の嵐』であろう。勝浦に造られた空母セットに載るゼロ戦など、まさにHさんしか造り得ない大道具であった。

(註2)ついでに分かったのが、真冬と見える当シーンを撮影したのが真夏であったこと。分厚いコートを着た志村喬の姿を見守るスタッフや野次馬は皆、半袖シャツ一枚の夏姿。そういえば黒澤監督は、「冬のシーンは夏に撮った方が、スタッフや俳優が工夫をする」みたいなことをおっしゃっていたような……。

(註3)このチラシでは「ニシキヤ菓子店」(ロケ現場の斜め前)の存在も確認できる。現在でも営業を続ける当人気菓子店の御主人は、テレビドラマ「ケーキ屋ケンちゃん」(72〜73年:TBS)の主人公・ケンイチ(宮脇康之)のモデルとなったことで知られる(実際のロケ地は、豪徳寺にあった菓子店「カムラ」)。そして、そもそもそのケンちゃんが初登場するドラマ「チャコねえちゃん」(67〜68年:同)に主演した四方晴美の母親は、誰あろう、本作のヒロイン・とよを演じた小田切みき(ドラマでも何度か母親役を務める)なのだ。これぞ、本作の祖師谷ロケがあってこその因縁話?

 


高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。大学は東宝撮影所に程近いS大を選択。卒業後はライフワークとして、東宝作品を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆、クレージー・ソングのバンドでの再現を中心に活動。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同/2022年1月刊)がある。

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