21.07.09 update

第2回 仁義ある男たちが去り、仁義なき男たちが登場

映画は死なず 実録的東映残俠伝

―五代目社長 多田憲之が見た東映半世紀 1972~2021―

文=多田 憲之(東映株式会社 代表取締役会長)

ただ のりゆき
1949年北海道生まれ。72年中央大学法学部卒業、同年4月東映株式会社入社、北海道支社に赴任。97年北海道支社長就任。28年間の北海道勤務を経て、2000年に岡田裕介氏に乞われて東京勤務、映画宣伝部長として着任。14年には5代目として代表取締役社長に就任し20年の退任と同時に取締役相談役就任。21年6月、現職の代表取締役会長に就く。

企画協力&写真・画像提供:東映株式会社

 私が中学生の頃、森繫久彌主演の『社長』シリーズ、NHKのドラマ「若い季節」など、映画やテレビでは〝サラリーマンもの〟がよく作られていた。私もいずれはサラリーマンになるのが当たり前だと思っていたし、映画などで観るサラリーマンに対する憧れみたいなものもあった。源氏鶏太の作品や、東宝映画のような丸の内のサラリーマンとOLの話である。だが、東映という会社は、私が描いていたサラリーマン像とはおよそかけ離れていた。ロッカーに日本酒が入っていて、当たり前のように飲みながら仕事をしている社員もいた。サラリーマンというよりは職人の世界のような感じで、物事にしばられないというのか、おおらか、自由というのか、とにかく変わった会社だなという印象だった。それに北海道支社の女性社員は母親くらいの年配の女性一人で、映画に出てくる丸の内のOLはいなかった。だが、意外とそんな気風が肌に合っていたのかもしれない。札幌のすすきの辺りのバーに行き、東映の名刺を出すとツケがきいたのは、酒飲みとしてはありがたかった。すごい会社だなと思った。ただ、給料日には菓子折り抱えて集金に来るので、逃げ回っていた。

 当時の東映は、映画界斜陽化に伴う営業不振に四苦八苦する他の大手の映画会社を尻目に、だんトツの興行成績を上げていた。北海道支社ではセールス課長と呼ばれる人たちが半月をかけて道内の映画館を回って映画を売るのだが、セールスの仕事ぶりを入社早々から目の当たりにして景気のいい会社だと実感していた。特定の映画会社が製作、配給、興行を一手に支配し、スター中心の人気シリーズによる安定した製作、配給、興行までを固定するブロックブッキングを維持することで、映画館での上映作品も、映画会社が決定権を握っていた。年間の上映日程が映画会社のスケジュールに沿って上映されるという形態の、〝プログラムピクチャー〟と呼ばれる時代にあって、東映のセールスたちは、他社に抜きん出て絶大な力を持ち、当然、十分な対価を得ていたわけである。いつかセールスになりたいと思ったものだ。

1970年に公開された『博奕打ち 総長賭博』は、鶴田浩二主演の『博奕打ち』シリーズの第4作で、これまで批評家たちに見向きもされなかった、〝やくざ映画〟と呼ばれるジャンルが、初めて芸術というレベルで語られたという意味において、日本映画史に刻まれる1本として語り継がれている。ギリシャ悲劇にたとえて賛辞を贈る文化人たちも少なくなかった。だが、注目されるようになったのは三島由紀夫が賛辞を贈ってからであり、公開からずいぶんと時間が経っていた。『博奕打ち』シリーズは67年の『博奕打ち』から、72年の『博奕打ち外伝』まで全10作が作られた。主演の鶴田にとっても代表作だが、監督を務めた山下耕作もまた、男の悲劇を隙のない様式美の中で描き切ったとして絶賛され、その後もシリーズ3本のメガホンをとった。義理の狭間で苦闘する鶴田を救うため自害する妻役の桜町弘子が哀れだった。©東映

 東映のセールスを支えていたのが、ヒットシリーズ「任俠路線」だった。いわゆる〝やくざ映画〟である。1963年の映画『人生劇場 飛車角』が大ヒットし、まずは「人生劇場 飛車角」シリーズが作られた。尾崎士郎原作の『人生劇場』は戦前から何度も映画化されている、〝スタンダード・ナンバー〟と言える小説だが、東映では主人公を飛車角にしぼり、飛車角とおとよ、宮川の三角関係、吉良常との出会いを軸に描いた。飛車角を演じたのは鶴田浩二で、任俠スター鶴田が誕生した。このシリーズを皮切りに「任俠シリーズ」がスタートし、60年代から70年代初めにかけて一大ジャンルを築いた。明治、大正、昭和初期が舞台なので、着物に雪駄履きという主人公たちの姿は、ある意味〝新時代劇〟と呼べるかもしれない。

 鶴田主演の『博徒』シリーズや、やくざ世界の儀式を壮麗なまでに様式化した画面の中に取り入れ、男の悲劇を緊迫した構成と豊かな情感で描き切り、任俠映画の最高傑作として三島由紀夫も絶賛した『博奕打ち 総長賭博』を生み出した『博奕打ち』シリーズ。高倉健主演で、「やくざ稼業をやっていても、やくざな生活はするな」という〝任俠美学〟を貫く『日本俠客伝』シリーズに、敵対関係にありながら健さん扮する花田秀次郎と池部良が演じた風間重吉が男の友情で結びつく『昭和残俠伝』シリーズ。義理と人情のしがらみで苦悩した末に、堪忍袋の緒が切れ、肩を並べて殴り込みに行く、男同士の道行きに、健さんが歌う「唐獅子牡丹」が重なる。東映任俠路線の象徴的な様式美の世界だ。全共闘世代に人気があったシリーズで、健さんのセリフ「死んでもらいます」は、いろんな場面で引用された。そして〝東映任俠スターの花一輪〟藤純子の『緋牡丹博徒』シリーズ。シリーズ第6作『緋牡丹博徒 お竜参上』で、藤純子扮するお竜が菅原文太扮する流れ者のやくざ常次郎を見送りそっとみかんを渡す雪の今戸橋のシーンは圧巻で、藤純子の美しさが頂点に達した瞬間だった。加藤泰監督の演出が際立った、任侠映画美学の極みだろう。

 任俠映画は、サラリーマン、職人から、本業のやくざ、信念をもって行動した結果挫折を味わう学生運動の闘士たちまで、幅広く支持されていた。68年の東大駒場祭ポスターの橋本治さんのコピー「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」は大いに話題になった。〝東映映画は大衆娯楽〟を矜持として映画を作っているが、社会の底辺にいる弱者と呼ばれる人たちが、任俠映画で日頃の鬱憤を晴らしていた。耐えに耐え、がまんを重ねた末に怒りを爆発させる男の姿に観客はわが身を重ねたのだろう。

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映画は死なず

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