23.07.26 update

西城秀樹、郷ひろみとともに新御三家時代を築き上げた歌唱力抜群のアイドル 野口五郎「私鉄沿線」

 子供から老人まで、ほとんどの人々が携帯電話を普通に持つようになった今の時代、メロドラマが成立しにくくなったのではないだろうか。メロドラマといえば、恋人たちの間に立ちはだかる数々の障害、そしてすれ違いである。古い話で恐縮だが、岸惠子と佐田啓二が主演した映画『君の名は』はその典型だろう。野口五郎のヒット曲「私鉄沿線」を聴くと、〝昭和は遠くなりにけり〟という感慨が胸に押し寄せるのだ。

 改札口で、電車から降りてくる〝君〟を探すのが好きだった〝僕〟
 もしかしたら、あのころの想い出を訪ねて〝君〟がこの町に来るかもしれないと、駅の伝言板に〝君〟のことを書いて帰る〝僕〟
 僕たちの愛は終わりでしょうか、とわからないままこの町を越せず〝君〟の帰りを待つ〝僕〟
 携帯も普及していない昭和ならではの叙情的な詩情で、まるで日記に毎日〝君〟のことを記しているような〝僕〟の純情が切ない。いつもコーヒーを飲んでいた店で、君はどうしているのかと訊かれるのも、また切ない。

 1974年に、野口五郎15枚目のシングルとしてリリースされた「私鉄沿線」。作詞は「夜明けのスキャット」「翼をください」「瀬戸の花嫁」「恋する夏の日」など多くのヒット曲を手がけた山上路夫、作曲は野口五郎の実兄・佐藤寛が手がけている。そして編曲は筒美京平である。72年から73年ころには上村一夫の漫画「同棲時代」が人気を呼び、大信田礼子が歌った「同棲時代」(作曲は都倉俊一)がヒットし、テレビドラマ(沢田研二と梶芽衣子主演)や映画(由美かおる主演、相手役はヒット曲「ポーリュシカ・ポーレ」で知られる仲雅美)も話題になり、〝同棲〟が流行のように取り上げられたりもしたが、「私鉄沿線」の〝君〟と〝僕〟はそれとはまた違う。

 「私鉄沿線」は前年の「甘い生活」に次ぐ、野口五郎2番目の大ヒット曲で、オリコンチャートでも3週連続1位を獲得している。日本レコード大賞歌唱賞、日本歌謡大賞放送音楽賞、日本有線大賞グランプリなど、多くの賞に輝いており、野口五郎の代表曲と言えるだろう。66年に当時の人気番組だった「日清ちびっこのどじまん」(司会は大村崑だった!)で荒木一郎の「今夜は踊ろう」を歌い優勝していて、小学生だった僕もその番組を見ており、同じ小学生とは思えない、なんて歌のうまい子だろうと思った記憶がある。その後、本格的に歌手を目指し71年、15歳のとき「博多みれん」で演歌歌手としてデビューしたが、全くと言えるほど振るわなかった。ポップス路線に転向してリリースした2曲目の「青いリンゴ」(作詞・橋本淳、作曲・筒美京平)がスマッシュ・ヒット。翌72年には、16歳10か月という当時としては最年少でNHK紅白歌合戦に初出場し「めぐり逢う青春」を披露した。この年には、ソロとなった沢田研二も初出場を果たしている。後に〝新御三家〟と呼ばれる55年生まれの西城秀樹と郷ひろみとは学年は一緒だが、野口は56年の早生まれである。郷の紅白初出場は73年で、74年の西城の初出場によって、〝新御三家〟がそろって紅白のステージに立った。

 野口五郎の歌がオリコン週間チャートで初めてベストテン入りしたのは73年の8枚目のシングル「オレンジの雨」で、続いてリリースした「君が美しすぎて」は第3位にランキングされた。そして74年リリースの14枚目のシングル「甘い生活」(作詞・山上路夫、作曲・筒美京平)でオリコン週間チャートで初の首位を獲得した。同棲生活を始めたひとときの甘い生活を描いたこの曲で、筒美京平は日本レコード大賞作曲賞を受賞している。また、77年にリリースした24枚目のシングル「風の駅」(作詞・喜多條忠、作曲・筒美京平)は、78年1月19日に放送が開始されたTBS系列「ザ・ベストテン」で10位にランキングされ、同番組の栄えある1曲目に歌われた楽曲として記録されている。
 紅白には、81年まで連続10回出場していたが、82年には出場が叶わなかった。そして83年に俳優として出演したTBS系列連続ドラマ木曜座「誰かが私を愛している」の主題歌「19:00の街」がヒットし、83年に紅白にカムバック出場した。白組司会の元NHKアナウンサーの鈴木健二が、言葉は正確ではないが「紅白に出場すること、そして、カムバックすることがいかに大変なことであるか。嬉しいカムバック出場です」といったような感じで野口を紹介したのを、おぼろげながら憶えている。大人の愛の模様を描いたシリーズ木曜座からは、岸田智史(現・岸田敏志)の「きみの朝」、松坂慶子の「愛の水中花」、豊島たづみの「とまどいトワイライト」、中村晃子の「恋の綱わたり」などのヒット曲が生まれている。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.03
    きわどい熟年女性の性愛表現から母の優しさまでフラン...

    『山逢いのホテルで』見どころ

  • 2024.12.03
    東京ステーションギャラリー「生誕120年 宮脇綾子...

    応募〆切: 1月20日(月)

  • 2024.12.02
    橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明の青春歌謡四天王...

    松竹青春歌謡映画のヒロイン 尾崎奈々

  • 2024.12.02
    大注目のボートレーサーが集結した「2025年 BO...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.11.28
    第5回【東宝映画スタア☆パレード】酒井和歌子&内藤...

    文=高田雅彦

  • 2024.11.28
    クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハ...

    クリスタルキング「大都会」

  • 2024.11.27
    第55回【萩原朔美 スマホ散歩】いまどきのカバン考...

    見事な自己表現!

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!