new 24.11.28 update

クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハーモニーを聴きながら、人生の方途に迷い大きな選択をした夜が忘れられない



 詞を読み返してみて、失意から再起しようとする男の詩(うた)だったことに改めて頷いた。

 自らに言い聞かせるように、裏切りの言葉に背を向けて故郷を離れ、わずかな望みを求めてさすらう俺。たとえ裏切りの街でも、俺は心に灯をともしてくれるわずかな愛を求めて、交わす言葉もないこの都会で生きてゆくのが運命(さだめ)なのか…と。再起を誓う男が人生に逡巡する歌だったのである。

 この楽曲を初めて耳にした頃、いきなり3段階高いオクターブで、あ~~あ~~と高らかに歌い出し、夢を追って大空をかけめぐるというスケール感から、男の挫折感など忘れさせたのかも知れない。出だしの高音域は、強いウェーブのパーマネント・ヘアが肩まで垂れていたいかにもロッカーっぽい田中昌之。その高音を受けて次のパートに移ると、低音ヴォーカルながら力強い押しの歌唱力で迫ってくるのは、パンチパーマに黒いサングラスでまかり間違えばその筋のお兄さんのような、ムッシュ吉崎(本名:吉崎勝正)。クリスタルキングは、この組み合わせによるツインヴォーカルが特徴で、特にハイトーンの美声と低音ヴォーカルの奇跡のような唯一無二のハーモニーだった。ともに競い合うように息継ぎもなく反響しあう圧倒的な歌唱力が魅力のバンドだった。作曲はギター担当の山下三智夫、作詞は田中昌之が中心となって書かれ、編曲は船山基紀という布陣。

 1979年(昭和54)11月21日にリリースされた7人組のロックバンド、クリスタルキングの「大都会」は1980年にかけて大ヒットし、累計150万枚のミリオンセラーを記録。勢いは次のシングル「蜃気楼」をリリースしても資生堂のキャンペーンソングにもなって大ヒットを連発し、TBSの歌謡番組「ザ・ベストテン」では2曲連続1位を獲得した。年末の第31回NHK紅白歌合戦に「大都会」を歌唱して初出場を果たし、同じく初出場の八神純子の「パープルタウン」と競った。

 因みにこの年の紅白では、松田聖子が「青い珊瑚礁」、田原俊彦「哀愁でいと」、岩崎良美「あなた色のマノン」、五輪真弓「恋人よ」、ロス・インディオス&シルヴィア「別れても好きな人」、もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」らが初出場している。バラエティ豊かな楽曲と新しいスターによって、日本の歌謡ステージが、ひとしきりフォークソングやGSブームを経て、1980年代のアイドル歌手の相次ぐ登場と和製ポップス&ロックの時代に踏み出そうとしていた矢先だった。

 しかしクリスタルキングが1971年(昭和46)に結成され、大ヒットを勝ち取るまでを振り返れば、苦節9年余り。ムッシュ吉崎が中心となって九州の佐世保で産声を上げてしばらく、米軍キャンプのクラブやアメリカ兵が集まるディスコが仕事場だったという。田中昌之が参加したり脱退したりメンバーの離合集散もあったが、やがて奇跡のツインヴォーカルが功を奏して九州地方で徐々に人気なっていった。1976年(昭和51)カヴァー曲だが、「カモン!ハッスル・ベイビー」でテイチクからレコードデビュー。1978年ヤマハのポピュラーコンテスト(ポプコン)に参加して入賞はするが、円広志の「夢想花」に一敗地にまみれグランプリを逃す。「大都会」はこの苦杯がなかったら、生まれていなかったかも知れないというエピソードがある。「夢想花」のサビのインパクトが審査委員を驚かせて負けただけだ、「それなら俺(田中)の高音でいきなりイントロを決めれば審査委員は丸を付けるだろう」と曲作りに取り掛かったという。
 この挿話にはボクも驚かされたが、そうして出来上がった「大都会」は、1979年10月ヤマハのつま恋で開催された第18回ポプコンでグランプリを獲得。続く「世界歌謡祭」でもグランプリと優秀歌唱賞をダブル受賞した。間髪入れず1979年11月21日にはキャニオン・レコードから再デビューを果たすことになった。

 
 ドーナツ盤ジャケットには、「第10回世界歌謡祭グランプリ受賞曲」としっかり印刷されている。因みに、「大都会」をリリースした時点の7人編成は、リーダーのムッシュ吉崎(ヴォーカル低音、パーカッション)、田中昌之(ヴォーカル高音)、山下三智夫(ギター、作曲、ヴォーカル)、中村公晴(ピアノ)、今給黎博美(キーボード、作曲)、野元英俊(ベース)、金福健(ドラム)。あえて名を挙げたのは、メンバーの交代がその後著しく、初代として敬意を表したいと思うからだ。

 

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.28
    クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハ...

    クリスタルキング「大都会」

  • 2024.11.27
    第55回【萩原朔美 スマホ散歩】いまどきのカバン考...

    見事な自己表現!

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!