「街の灯り」は、もともとはTBSドラマ「時間ですよ」(1970年・昭和45)の第3シリーズに出演した堺の挿入歌だった。なにせ銭湯が舞台の人気ドラマで、毎回のように女湯の脱衣場のシーンがあって若い女性の着替えするセミヌードに、世のお父さんたちは目を見張ったのではあるまいか。主演は森光子、出演した悠木千帆(樹木希林)とともに堺正章は俳優としても達者なところを見せ、白いギターを抱えて数々の劇中歌を歌った天地真理、デビュー曲「赤い風船」が挿入歌だった浅田美代子らもブレークし、出世作になったと記憶している。
ところが、ボクは雑誌の編集者として、仕事に追われていた時代で、ともすれば日曜日でも印刷所の校正室に缶詰めになってゲラと闘っていた。だから「時間ですよ」の記憶は半分もあるやなしや、なのである。なのに、ことさら「街の灯り」がすぎもとまさとの歌唱によってよみがえったのは、忘れられない仕事上の〝事件〟と重なっているからである。単なる校正ミスだが、重要箇所だけに担当ではないわが身に火の粉が降りかかってきたことに怒り、会社を飛び出して上野駅に直行。鈍行列車を乗り継いで金沢に遁走したのだった。若かった。
凍てつく北陸の冬、霙に濡れながら灯りを求めて繁華街に向かうと、どこからか堺正章の「街の灯り」が聞こえてきた。そばに誰かいないと沈みそう…、と声にならないフレーズが口をついた。街の灯りがちらちらとして、涙でかすんだ。悔しい思いと寂しさに襲われた、忘れられない金沢の夜。50年も前の出来事である。作詞の阿久悠は、愛を求める胸の内を堺正章に託したが、街の灯りを求めたボクは、人生の方途に迷い孤独感にうちひしがれていた。が、情けないことに時を経ず、上司が迎えにきて手を引かれて会社に復帰したのだった。あっちゃー!
文:村澤次郎(ライター)
アナログレコードの1分間45回転で、中央の円孔が大きいシングルレコード盤をドーナツ盤と呼んでいた。
昭和の歌謡界では、およそ3か月に1枚の頻度で、人気歌手たちは新曲をリリースしていて、新譜の発売日には、学校帰りなどに必ず近所のレコード店に立ち寄っていた。お目当ての歌手の名前が記されたインデックスから、一枚ずつレコードをめくっていくのが好きだった。ジャケットを見るのも楽しかった。1980年代に入り、コンパクトディスク(CD)の開発・普及により、アナログレコードは衰退するが、それでもオリジナル曲への愛着もあり、アナログレコードの愛好者は存在し続けた。
近年、レコード復活の兆しがあり、2021年にはアナログレコード専門店が新規に出店されるなど、レコード人気が再燃している気配がある。
ふと口ずさむ歌は、レコードで聴いていた昔のメロディだ。ジャケット写真を思い出しながら、「コモレバ・コンピレーション・アルバム」の趣で、懐かしい曲の数々を毎週木曜に1曲ずつご紹介している。