23.11.07 update

包む、ほどく、日本的な美のシーンを見せる風呂敷

今、風呂敷が一部の人たちの間で結構見直されていると聞く。
若い世代、さらに外国の人たちからも〝お洒落〟と評価されるといい気分になる。
昭和では、重宝な日用品だとされた風呂敷が、今は、ファッションというくくりで語られている。衣類はもちろんのこと、本や酒瓶やすいかまで、持ち歩くことが楽しくなる包み方が提案されていたりもする。包むものの大小、形状にとらわれることなく変幻自在に包むことができる一枚の布。すばらしく便利な日用品でありながら包む、ほどくという日本的な美のシーンを見せる風呂敷。
美しい日本の情景の中で欠かせない小道具だった風呂敷の昭和の景色を、今一度思い出してみよう。


風呂敷は暮しの味方だった

日本人の知恵が生んだ逸品

文=川本三郎

昭和の風景 昭和の町 2019年10月1日号より


日常生活に欠かせない重宝な風呂敷

 バッグの普及で近年はあまり見かけなくなってしまったが、昭和の暮しには、風呂敷が欠かせなかった。
 たった一枚の布でさまざまなものを包める。本、書類、酒瓶、教科書、弁当、銭湯に行く時の洗面道具、天地無用のケーキや人形、寿司の折詰、着物、結婚式の引出物……挙げてゆくと切りがない。
 軽くて折り畳みの出来る風呂敷は持ち運びも便利だし、使い終ったら元の一枚の布に戻せる。日本人の暮しの知恵だった。

 昭和二十七年公開の家庭劇の秀作、成瀬巳喜男監督の『おかあさん』には、さまざまな風呂敷が描かれていて、昭和のこの時代まで風呂敷が庶民の暮しに欠かせないものだったことがよくわかる。
 一家は東京の蒲田あたりでクリーニング店を営んでいる。母親は田中絹代、父親は三島雅夫。長男の片山明彦は肺を病んで療養所に入っている。ある時、母親の顔が見たくて家に戻ってくる。庭先に恥しそうに現れた長男は手に大きな風呂敷包みを持っている。入院中の服や日用品を入れているらしい。
 父親が病死する。通いの職人、加東大介が手助けに来る。彼は小さな風呂敷を持っている。昼の弁当が入っているのだろう。
 ある時、客の帽子を染めるのに失敗して弁償することになる。当座のお金を作るため、母親は娘の着物などを質に入れることにする。箪笥から着物を出して風呂敷で包む。
 日常生活の随所で風呂敷が使われている。

着物にはやはり風呂敷が似合う

 昭和戦前、小豆島の先生を主人公にした壺井栄原作、木下惠介監督の『二十四の瞳』(54年)を見ると、昭和はじめの島の子供たちの大半は、学校に行く時に風呂敷包みを持っている。 
 まだランドセルが普及する前のこと。教科書や筆記用具、そして弁当を風呂敷に包んでいる。この時代、子供たちは着物だから風呂敷がよく似合っている。
 明治生まれの作家、井伏鱒二は「ふろしき」という随筆(昭和三十三年)で、子供のころ、教科書や筆筒を入れた風呂敷を右肩から左脇に背負って学校に通っていたという。「駆けだすと、筆筒の中の石筆が愉快そうにがらがらと音をたてた」。明治末のころの広島県の村のこと。『二十四の瞳』を見ると、昭和のはじめになっても、明治の子どもと同じようにまだ風呂敷が子供たちに愛用されていたことが分かる。
 井伏鱒二は昭和三十年ころ、友人の娘の結婚の祝いに「寿の字」を入れた風呂敷を贈ろうとする。いい贈り物だと思って、注文すると「井伏」の「伏」の字が「イ太」に間違っていて、使いものにならなかったという。それでも、昭和三十年ごろまでは、風呂敷を結婚の祝い物として贈っていたことがうか
がえる。現代ではどうか。

昔は給食がなく、子供たちはみんな弁当を風呂敷に包んで持ってきていた。まさに映画『二十四の瞳』の子供たちと一緒だ。そして本文にも紹介された作家・井伏鱒二の子供のころと同じように、風呂敷を右肩から左脇に背負って学校に通っていたことがわかる。写真提供:福島県浪江町

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!