21.03.12 update

歌声喫茶の時代 

心のつながりを求める若者を一つにする歌声

1951 年( 昭和26 年)開店の「どん底」。酒を飲んでいた客同士が自然発生的に歌を歌いだしたのが「うたごえ」の発端らしい。ロシア風酒場のこの店では、ルパシカを着た従業員たちも合唱に加わった。名物のどん底カクテル、通称ドンカクは、戦後間もないころは質の悪い焼酎も多く、何とか美味しく飲ませようという工夫から誕生したもの
である。現在も新宿三丁目で営業を続けている。写真提供:どん底


 歌声喫茶を描いた映画は多い。
 昭和三十三年(1958)の東宝のサラリーマン映画、源氏鶏太原作、筧(かけい)正典監督の『重役の椅子』では、若い団令子が新宿の歌声喫茶で働いている。
 店内には小さなステージがあって、そこにアコーディオン弾きがいる。客からのリクエストで弾き始めると、すぐに大合唱になる。
 この場面で歌われているのは、歌声喫茶の定番だった人気曲、スイス民謡「おおブレネリ」。
〽おおブレネリ、あなたのお家はどこ……。
 懐かしい!
 北海道にもあった。
 原田康子原作、五所平之助監督の『挽歌』(昭和三十二年)では、主人公の久我美子が、釧路の町の芸術青年たちが集まる酒場に行くと、アコーディオンに合わせて若い女性たちがロシア民謡「灯(ともしび)」を歌っている。
〽夜霧のかなたに、別れを告げ、雄々(おお)しきますらお、出(い)でてゆく……。
 この曲も懐かしい。女性たちによく歌われた。
 曽野綾子原作、中村登監督の『ぜったい多数』(昭和四十年)では、主人公の桑野みゆきが渋谷の歌声喫茶で働くようになる。
 学生たちが、〽いつかある日、山で死んだら……と山男の歌「いつかある日」を合唱している。それを見ながら「みんなと一緒に歌うのって素敵だわ」と感激する。
 いっぽうアルバイトのボーイ、田村正和は歌声喫茶の魅力、人気の原因をこう分析してみせる。
「ここに来る人は都会生活のなかで淋しいから、心のつながりを求めてやって来る」
 手元の「どん底」の歌集は十周年記念のものだが、この店を愛する俳優たちがコメントを寄せている。
 小林旭、菅原謙二、冨士眞奈美、牟田(むた)悌三、さらに歌手の越路吹雪ら錚々たる顔ぶれ。
 俳優の牟田悌三はこんなことを書いている。
「ちいっとばかし薄汚いとこだけど、あたしゃ好きだね、ここ。可愛い女の子は、辞書とドンカクを前にして歌をうたい、白髪のおとっつぁんは隣のおじさんと論争の真最中」
 歌声喫茶の雑然とした魅力がよく語られている。ちなみに「ドンカク」とは「どん底」で出されるカクテルのこと。詩人の金子光晴が詩に詠っている。
 こんな歌声喫茶もやがてビートルズ世代が登場し、ギターを弾く若者が増えると次第に数が少なくなっていった。カラオケは現代版歌声喫茶と言えようか。


かわもと さぶろう

評論家(映画・文学・都市)。1944 年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5 冊)『我もまた渚を枕―東京近郊ひとり旅』『映画を見ればわかること』『銀幕風景』『現代映画、その歩むところに心せよ』『向田邦子と昭和の東京』『東京暮らし』『岩波写真文庫 川本三郎セレクション 復刻版』(全5 冊)など多数の著書がある。

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