23.07.25 update

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

 その2週間後、映画監督の澤井信一郎が世を去った。『Wの悲劇』や『早春物語』など若いヒロインを繊細に描いた作品で知られる澤井の略歴を見て、ハッとした。千葉と同じ1938年生まれなのだ。ともに東映の出身。千葉がニューフェイス試験に合格して東映に入ったのは1959年。澤井は大学を卒業した1961年に東映に入社している。以後、澤井は20年の間に58本の映画で助監督を務めた。この中で一番多いのが『昭和残侠伝 死んで貰います』を始めとするマキノ雅弘監督作で、「マキノ雅弘の最後の弟子」とも言われる。
 一方の千葉は「役者としての心構えも、映画の演出もすべて深作欣二監督から学んだ」と公言した。そんな2人だが、実は入社早々現場を共にしている。澤井は初めて助監督として付くことになった『心臓破りの野郎ども』(小沢茂弘監督)のクランクイン前日、別な映画の応援に駆り出されたのだ。

 それで連れて行かれたら、千葉真一とドタバタやってるわけですよ。「あっち行け、こっち行け。ピストル持ってこい」。生まれて初めての現場として、小沢組の前に一日だけ作さんについた。(澤井信一郎、鈴木一志著『映画の呼吸 澤井信一郎の監督作法』より)

 作品名は書かれていないが、撮影時期を考えると、『風来坊探偵』2部作のいずれかと推察できる。「作さん」とは、もちろん深作欣二監督のこと。そして同作は深作の監督デビュー作であり、千葉の主演デビュー作でもあった。それから11年後、澤井は正式に深作映画の助監督を務めた。菅原文太主演のアンチヒーロー映画『人斬り与太 狂犬三兄弟』である。深作組の現場を肌で体験した澤井の深作評が興味深い。

 深作さんがいい監督だなと思ったのは、マキノさんと同じで、自分の流れを作ることです。それと、リアルな雰囲気の出し方がうまい。(中略)「写実を超えた写実的」という意味で天才的な人だなと思った。(前掲書より)

 深作演出の「写実を超えた写実」という言葉を裏付けるような話を、千葉真一が語ってくれたことがある。
「深作さんは主演俳優より画面後方にいる、その他大勢のいわゆる大部屋俳優をあれこれ指導して、後ろから画面を作っていくんです」 
 千葉も深作も好きだった大部屋俳優に〝5万回斬られた男〟福本清三がいる。福本はある日、自分たちに厳しい注文を出す理由を深作に尋ねた。深作はこう答えた。

 「いいか、フクちゃん、映画のスクリーンというのは主役だけが主役じゃないんだよ。このスクリーンに映ってる皆が主役なんだ。スターさんがどんなに一生懸命やっていてもな、このスクリーンの片隅にいるヤツが遊んでいたら、この絵はもう、その段階で死んでしまうんだ」(福本清三、小田豊二著『どこかで誰かが見ていてくれる』より)

 福本には役者人生を変えるほど衝撃的な言葉だった。その福本も2021年に帰らぬ人となった。
 思えば、2021年は深作と関わった人が次々に亡くなった年である。田中邦衛もそうだ。田中邦衛といえば映画『若大将』シリーズやテレビ「北の国から」を好む人が多いが、ぼくには東映で演じたヤクザの印象が強烈だ。『仁義なき戦い』シリーズで演じた槇原政吉は見事な嫌われ役だったし、『人斬り与太 狂犬三兄弟』のチンピラぶりも良かった。その『狂犬三兄弟』の脚本を手掛けた松田寛夫は田中の死からぴったり1年後、2022年3月24日に鬼籍に入った。松田は深作&千葉コンビの傑作時代劇『柳生一族の陰謀』の共同脚本にも名を連ねている。そして同作を企画したのが当時、東映京都撮影所長だった高岩淡(元東映社長)である。深作と同じ1930年生まれの高岩も2021年に亡くなった。

 こうして2021~22年に逝った映画人を並べると、映画が一本できてしまいそうだ。
 監督/澤井信一郎、脚本/松田寛夫、製作/高岩淡
 出演/千葉真一、田中邦衛、福本清三

 この顔ぶれで映画をつくるなら、千葉が生前、映画化を考えていた企画の一つ、『柳生一族の陰謀』の続篇だろう。前作で柳生十兵衛(千葉真一)が首を刎ねた徳川家光は影武者だったという設定で、今度は十兵衛が柳生家と徳川家双方に追われる。老いた十兵衛は刺客を返り討ちにしながら、ひたすら逃げるのだ。千葉は「低予算で、モノクロ映像。追う側と追われる側の迫真の殺陣を見せられたら」とアイデアを語っていた。そんな映画があの世で撮られていたら、これは老後でなく死後の楽しみになる。


米谷紳之介(こめたに しんのすけ)
1957年、愛知県蒲郡市生まれ。立教大学法学部卒業後、新聞社、出版社勤務を経て、1984年、ライター・編集者集団「鉄人ハウス」を主宰。2020年に解散。現在は文筆業を中心に編集業や講師も行なう。守備範囲は映画、スポーツ、人。著書に『小津安二郎 老いの流儀』(4月19日発売・双葉社)、『プロ野球 奇跡の逆転名勝負33』(彩図社)、『銀幕を舞うコトバたち』(本の研究社)他。構成・執筆を務めた書籍は関根潤三『いいかげんがちょうどいい』(ベースボール・マガジン社)、野村克也『短期決戦の勝ち方』(祥伝社)、千葉真一『侍役者道』(双葉社)など30冊に及ぶ。


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