シアタークリエで蘇る
『放浪記』と『おもろい女』
こうした流れの中で登場したのが、1961年(昭和36年)に芸術座が初演した森光子主演の『放浪記』(菊田脚本・演出)である。これは十代から映画に出るなど芸歴は長いものの、基本的にはずっと脇役の女優だった森光子が、41歳で初めてつかんだ主役の座だった。長い下積み生活を経て人気作家になった林芙美子という、ある部分、森光子自身の経歴とも重なるこの役を、彼女は強い情感と明るい喜劇性を交え、実に生き生きと演じ切った。
私が『放浪記』を初めて見たのは1971年、芸術座では三度目の上演で、森光子のオーラを放つ演技に感銘を受けた。同時に、林芙美子と親交のあった菊田が描く、リアルで陰影のある林芙美子像にも心を動かされた。
生涯の当たり役となった『放浪記』を、森光子は芸術座をはじめとして全国の劇場で48年間も演じ続けた。08年には開場したばかりのシアタークリエでも上演。09年の帝国劇場が最後の公演で、初演以来の上演回数は2017回に達した。3年後の12年、森光子は92歳で亡くなった。
この名作を受け継いで、今年10月から『放浪記』をシアタークリエで主演するのが仲間由紀恵である。仲間は森光子とドラマで共演したことがあり、親交もあった。そんな仲間が思いを込めてヒロインを演じる。彼女は森光子とは女優のタイプが違うが、新しい林芙美子像が生まれることは確かだろう。
やはり森光子主演の『おもろい女』(小野田勇作)は、昭和初期に関西を中心に活躍し、36歳の若さで世を去った天才漫才師ミス・ワカナを描く喜劇で、1978年に芸術座で初演された。森光子が463回も演じたこの作品は、『放浪記』に次ぐ彼女のヒット作となった。
生前のミス・ワカナと共演したこともある森光子が演じるミス・ワカナは奔放で、才気にあふれ、笑いもたっぷりあった。
04年に、森光子は37歳年下の段田安則との共演でこの作品を芸術座で上演した。その時、森光子は84歳だったが、まったく年齢を感じさせない若々しい演技だった。
今年6月にミス・ワカナ役を引き継ぐのは、出色の喜劇的才能を持つ女優・藤山直美である。父の故・藤山寛美が、この舞台作品の元になったテレビドラマで森光子と共演したという縁もあり、これはぴったりの配役だ。高畑淳子と共演した『ええから加減』(永田俊也原作、田村孝裕脚本・演出、2012年、シアタークリエで初演。13年再演)で藤山直美が見せた絶妙のコメディエンヌぶりが、新しい場を得てまた爆発することを期待したい。