ミュージカルの
新しい可能性を探る
意欲に満ちたシアタークリエ
さて、女性観客の共感を呼ぶ作品を上演する、中規模の見やすい商業劇場という共通項を持つ芸術座とシアタークリエだが、シアタークリエには芸術座とはまた違う面もある。
例えば、芸術座が「和」の感触が強い劇場だったのに対し、シアタークリエはその名前からも分かる通り、同じ女性向けでも「洋」の雰囲気が強い劇場だという違いである。
その一つが、シアタークリエの演目の大きな柱になっているミュージカルだ。開場以来、多くのミュージカルがこの劇場を彩ってきた。
ただし、旧芸術座でもミュージカルは上演された。例えば、ブロードウェイ・ミュージカル『カーニバル』『ノー・ストリングス』『サウンド・オブ・ミュージック』や、ロンドン・ミュージカル『心を繋ぐ6ペンス』などの上演である。ただし、芸術座ではミュージカルの上演自体が少なく、これらの音楽劇が芸術座を代表する演目だったとは言えない。
それに比べると、シアタークリエのミュージカル上演はけた違いに数が多い。
例えば、開場の翌年の2008年は『レベッカ』『デュエット』『RENT』を上演したし、09年は『スーザンを探して』『ブラッド・ブラザーズ』『シー・ラヴズ・ミー』など6本ものミュージカルを上演した。
中でも、この年に石丸幹二が主演した『ニュー・ブレイン』は、脳の難病で倒れたゲイの音楽家を描く実験性の強いオフ・ブロードウェイ発の作品だった。また、やはりオフ・ブロードウェイ発の『この森で、天使はバスを降りた』は、森の中の過疎の町を舞台に、刑期を終えて仮釈放になった暗い過去を持つ女性と食堂経営の初老の女性、そして横暴な夫に悩む妻を軸にした、地味だが、真摯でピュアな感動を与えてくれる舞台だった。
つまりシアタークリエは、これまでの商業劇場とは違い、ミュージカルの新しい可能性を探る意欲が感じられる劇場として出発し、現在も基本的にそうした歩みを続けている。
シアタークリエのこうした行き方の背後には、近年、若い世代から中年世代にかけての女性観客の間でミュージカル・音楽劇の人気が高まり、帝国劇場、日生劇場などの大劇場でも、演目のほとんどをミュージカルが占めるようになったという変化がある。
その影響をもろに受けたのが商業劇場における台詞劇で、かつて隆盛だった女座長を中心とする芝居は大幅に減ってきた。
ただし、ミュージカルを中心に意欲的な演目が並ぶシアタークリエにも課題がある。それは芸術座時代の『放浪記』や『おもろい女』と肩を並べるような優れたヒット作の数がまだ少ないということだ。
私の好みから言えば、前述の『ええから加減』は確実にその秀作の一つだし、井上芳雄と坂本真綾が好演したミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』(ジョン・ケアード脚本・演出、ポール・ゴードン音楽。2012年初演、14年再演)もシアタークリエ発の代表作の一つに数えられる。
だが、ミュージカルは、できれば翻訳ものではなく、シアタークリエが発信するオリジナル・ミュージカルの秀作にぜひ出会いたいと思うのだ。
せんだ あきひこ
1940~2015年。東京生まれ。朝日新聞学芸部編集委員、静岡文化芸術大学教授を経て演劇評論家。著書に『現代演劇の航海』(リブロポート)、『ビバ!ミュージカル!』(朝日新聞社)、『日本の現代演劇』(岩波新書)、『ミュージカルの時代』(キネマ旬報社)、『舞台は語る』(集英社新書)、『才能の森―現代演劇の創り手たち』(朝日選書)、『唐十郎の劇世界』(右文書院)、『蜷川幸雄の劇世界』(朝日新聞出版)、『井上ひさしの劇世界』(AICT演劇評論賞、国書刊行会)など。