毎号楽しみに読んでいる川本三郎さんの「昭和の町、昭和の風景」、今回の「紳士服はオーダーメイド」を明治生まれの父がよみがえって楽しく読みました。確かに父は一年に一回は近所のテーラーに行って、三つ揃えの紳士服を誂えていました。仕立て屋さんは足が悪く出歩くこともままならなかった職人でしたが、腕は確かなようで父は信頼して、仮縫いもほとんどお任せで、出来上がった服をいつも満足そうに着て、近所に見せびらかせるように闊歩していました。ところがある日、足の悪い仕立て屋さんが突然我が家を訪ねてきて父とひそひそ話。用は仕立て代の集金だったのです。おそらくそれまではキャッシュで払えていたものが、事業が傾いたにもかかわらずツケで作らせていたのでしょう。季節ごとに年に数着も出来上がってきたオーダーメイドの紳士服は、腕を通さず質屋にそのまま直行していたのです。しばらくしてから、恩返しにテーラーさんには迷惑かけた、と言ってまだ中学生の私にも紳士服を誂えてくれた父でした。まだ話は続くのですが……。