静嘉堂の創設者、岩﨑彌之助(三菱第二代社長)は、明治期の廃仏毀釈などにより、優れた文化財が失われてしまうことを危惧し蒐集に努めた。その結果、静嘉堂には重要な東アジアの仏教美術作品が多数所蔵されている。特に、本展の注目作品となる「十王図・二使者図」は地獄に出向いて救済をする「地蔵菩薩十王図」(高麗時代)と一具で伝来した名品で、本展は、それらを一堂に拝観できるまたとない機会である。同一の空間での展示は24年ぶりだという。
「十王図」は、中国の民間信仰と仏教信仰が混ざり生まれたもので、冥界で亡くなった者の現世での罪を裁く10人の王が描かれている。それぞれの仏画に描かれている王は、死後、初七日に過ぎる「秦広王」、同27日に過ぎる「初江王」、37日に過ぎる「宋帝王」、47日に過ぎる「五官王」、57日に過ぎる「閻羅王」、67日に過ぎる「変成王」、77日に過ぎる「泰山王」、100日に過ぎる「平等王」、一年に過ぎる「都市王」、そして3年に過ぎる「五道転輪王」により死後の行き先が決まるという。仏画に描かれたそれぞれの王や使者、侍女、役人の表情が緻密でユニークだ。いずれも元~明時代の14世紀のもの。遺族や亡くなった者の縁者、本人が十王を供養することで極楽浄土を祈ったのだ。
さらに修復後初公開となる「苦行釈迦図」「当麻曼荼羅」「阿弥陀来迎図」や重要美術品の「如意輪観音像」、重要文化財の「普賢菩薩像」も一堂に会し、仏教美術の世界へ誘われる。
もう一つの章では、ハッとするほど美しい白象に乗った美女を目にした。これは江戸時代の京都画壇を代表する絵師・円山応挙の「江口君図」だ。大阪・江口の遊女の亡霊が、西行と歌を詠みかわし、普賢菩薩と化したという謡曲「江口」の話をもとにした作品である。白象に乗る遊女を普賢菩薩に見立てたが、応挙の描いた江口君は、凛とした気品のある美しさを湛えている。迫力の仏画が多くを占める中で、一服の清涼を感じた。隣にあるのは、応挙の「幽霊図」。応挙は幽霊画の名手としても知られていたという。
江口君ともかかわりのあった歌人西行の『西行物語』(重要文化財)も展示されていた。『西行物語』は鎌倉時代13世紀のもので、現存する最古の書写本と言われている。修理を経て初出品となった「木造兜跋毘沙門天立像」の前で、そっと手を合わせ、厳かな気持ちになって会場を後にした。
「あの世の探検─地獄の十王勢ぞろい─」という本展のタイトルに、背筋が寒くなる思いがあったが、迫力の仏画に接しあの世は怖いばかりではない、楽しいこともあるのだろうと、あの世にいる父を偲んだ。
「あの世の探検─地獄の十王勢ぞろい」は、秋のお彼岸にあたる9月24日(日)までの開催。会場は静嘉堂@丸の内。月曜、9月19日(火)休館、9月18日(月・祝)は開館。