2018年1月1日号「街へ出よう」より
街の屋台で、握り寿司が供されるようになったのは江戸時代後期。
いつしか、寿司は特別な日に食べる高級なものとなってしまった。
初めてだと、かしこまり、緊張してしまいそうな名店の寿司屋。
しかし、実際には気さくな雰囲気で、ランチで食べる寿司ならお値段も良心的だ。
ちょっと気取ってカウンターに座り、寿司職人の手から渾身の一貫が出来上がっていく過程を見ることは心躍る。
会話が弾めば、心も晴ればれするだろう。
これからの季節は脂がのった魚が、一番おいしい。
*本文中のお値段、内容などは取材当時のものです。ご了承ください。
名店のランチ寿司
~気軽に食べて、粋に楽しむ~
文・太田和彦
居酒屋派を自認する私の寿司体験
寿司ほどおいしいものはないが一流店は値段が張る。よって、回転寿司かスーパーの寿司パックだが、こればっかりでもなあ。酢飯に刺身をのせただけのとはちがい、名店の本格江戸前寿司は寿司種に合わせた「仕事」がされているそうだ。
私とて本格店を知らないわけではない。夜の寿司屋に入ると、滅多に来れない高揚感もあってか、まず酒を頼み、何かつまみをおまかせで取って一杯やりながらそれを楽しみ、だいぶたってから「そろそろ握って」「はい、何からいきましょう」と、ようやく握りになる。すでに腹はできているから、五、六貫でお終いだ。
居酒屋派の私だが、これでは勿体ない。寿司屋では酒を控えてお茶を頼んで次々に握ってもらう。それも順番を考えて、ハイライトの小鰭、穴子はいつにするか念頭に置きつつ(おおげさです)白身あたりから始める。
付け台に置かれたら即、口に入れ、そしてお茶を含んで口をきれいにして次に備える。どんどん注文するので職人の動きはリズミカルになり、肩を揺すって楽しそうだ。最後にかんぴょう巻にすると、「はい、お茶さしかえ」と大きな声がとぶ。およそ三〇分で終了だ。たまには「おまかせで、一〇貫くらい握ってください」という時もある。そして「トロとウニはいらないです」と付け加える。値段が高いからではなく(それもあるが)、寿司としてつまらないという気持ちがある。大好きな巻ものは鉄火巻とかんぴょう巻の両方をとる時もある。
以上、私の貧しい寿司体験です。
まずは日本橋界隈の本格江戸前の寿司屋へ
とはいえ、もういい歳になった、少しはぜいたくして名店の寿司をいただいてみたい。それには値段のわかっている昼の定食ランチ寿司がよいだろう。本格江戸前寿司なら日本橋界隈と見当をつけて出かけた。
東日本橋「鮨一條」の店内は外光も入って明るく、昼間にさくっと寿司を食べる気軽さに満ちている。しかし寿司は夜と変わらない本格。注文は〈昼のおまかせ・七貫・五〇〇〇円〉。初手の〈ひらめ〉を口に入れてすでに「ウーン……」と満足。続く〈こはだ〉はびくびくした酢洗いではなくしっかり酢〆がきく。〈すみいか〉こりこり甘味、〈中とろ〉艶麗、おおこれが出たかとうれしい〈煮はまぐり〉、大好きな〈穴子〉はツメと塩で分けて出され、「塩」がこんなに穴子の味を引き立てるとは。〈玉子焼〉をはさんで、仕上げは芝海老おぼろと山葵を抱かせた〈かんぴょう巻〉。最後にはまぐりで出汁をとったお吸い物が出て言うことなし。
開店して二年と新しく、主人・一條さんは若さの残る風貌ながら、人形町の老舗「六兵衛」で二十四年も勤めたベテラン。子供のころから寿司職人になると決め「学校の授業より寿司を手伝っていた」と苦笑いする。
カウンターのガラスケースには仕事をされた種が竹ざるに並んで華やかだ。今や高級店は注文を受けて木のネタ箱を取りだすところが多いが、実物が見えているからこそ「次はあれだな、それは何?」と目移りが楽しい。
「そうなんですよ、(品を書いた)種板を見てもイメージわかないでしょ、目で楽しめるのが寿司の良さです」と明快に言うのがうれしい。貝好きの私はそのネタケースの青柳、小柱、みる貝、北寄貝、赤貝、平貝に大いに未練を残したことでした。